“誰にも声をかけずに試し書きできる”
はじめての万年筆に
かくして子ども向け万年筆は完成した。しかし、ただ置いておけば売れるというものではない。商品開発と同時進行で、子どもに「ほしい!」と思ってもらえるネーミングやロゴデザイン、パンフレットなど仕掛けにも工夫を凝らした。例えば、ペン先の“えがおのマーク”が見えるパッケージ。通常、万年筆は中身の見えない重厚な箱に入れられることが多いが、せっかくのアイコンを見せない手はない。カラフルなフタとペン先を別々に見せられるようパッケージをスケルトンにし、台紙も子どもの目を惹くようにパステルトーンで統一した。「子ども向け万年筆をつくる!」という明確な目標をチーム全員が持つことで、発売までの限られた時間のなかでも妥協や迷いなく作り込みを進めることができた。
特に注力したのが「試し書き」だ。一般的な万年筆はその価格ゆえにショーケースに入っていることが多く、店員に声をかけなければ手に取ることはできない。ましてや試し書きなどできるはずもない。それが若者に「敷居が高い」と言われるゆえんでもあるだろう。カクノでは、その壁を取っ払いたかった。子どもたちの目線に試し書きできるスペースを設け、誰もが自由に声をかけずとも試せる場をつくった。納得のいく製品が完成した。自由に試してもらえる環境は整えた。果たして評価はいかに────。
展示会では評価が二分
そして、いよいよ1年前から目標としていた展示会に出展。カクノはついにお披露目となった。しかし、社内でも意見が割れていたように、そこでも評価は二分。「1000円?誰が使うの?」「子どもって万年筆使うの?」という否定的な意見がある一方、「子ども向けってありそうでなかったですよね!」と高く評価してくださる方もいた。「半信半疑の声も多かったですが、比較的若い世代の方々の反応がよかったですね」と斉藤は当時の様子を振り返る。企画・開発として「いいものができた」という手ごたえや自負はあった。展示会に来ていたのは、言わば業界の関係者だ。答えは、子どもたちが、市場が出してくれる。そう信じて発売日当日を待つこととした。
子どもにも大人にも支持され
10月に発売しクリスマスには品切れに
迎えた10月の発売日。万年筆としては珍しい、試し書きの紙とセットになったカクノが売場に並んだ。あの“えがおのマーク”に多くの人が目を留め、足を止めていた。そして狙い通り、ペン先を見て「かわいい!」と言いながら子どもたちが両親とともに試し書きをする姿がたくさん見受けられた。このペン先の“えがおのマーク”は、はじめて万年筆を使う人がペン先の裏表を判別するための目印にもなった。「顔があるほうがオモテ」と親が子に、店員がお客様に対して案内するのにも一役買っていたのである。
子どもが使う、はじめての万年筆。インクが飛び散ったりペン先が曲がったりということも想定の範囲内。直販体制を貫くパイロットだからこそできるきめ細かなフォロー体制の特長を活かし、営業がこまめにチェックし、常に気持ちよく試し書きができる状態に保つことに力を注いだ。売場には子どもはもちろん、試す大人の姿も目立った。何本もまとめ買いをしていく人も珍しくない。ヒットの予感。日を追うごとに全国の営業からも嬉しい報告が上がってくる。発売まで社内でも「子どもが万年筆を使うのか」という声のあった前代未聞の子ども向け万年筆。フタを開けてみれば、初回で6万本を生産し10月に発売したカクノは、その年のクリスマスには品切れになり、想定外の増産に生産ラインは嬉しい悲鳴を上げていた。結果的にカクノは半年で30万本が売れることになる。「万年筆では異例のヒット」と言われたコクーンですら半年で約3万本。カクノのヒットがいかにケタ外れなことかおわかりいただけるだろう。