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2026.03.10

「日本の文字をより美しく書く」ことをめざして開発された万年筆「エラボー」誕生物語。

日本の文字を書くことに適した筆のようなしなやかさを持つ万年筆として、1978年に発売された万年筆「エラボー」。誕生以来、他にはない独特の書き味が多くの人々を魅了し、半世紀近くにわたって全世界で愛され続けているロングセラー商品です。そんな「エラボー」がどのようにして生まれたのか、誕生秘話をお届けします。

万年筆専門店からの熱い要望で始まった
「これまでにない万年筆」の共同開発

 1978年3月、日本各地にある万年筆を販売する文具専門店を中心とした会員組織「全国万年筆専門店会(以下JFA)」の店先で、静かにデビューの日を迎えた万年筆がありました。そのペン先は、一見して普通の万年筆とは異なる形状で、中央で大きく膨らみ、まるで鳥のくちばしのように先端へ向かって細く絞られた独特の形をしています。それこそが万年筆「エラボー」の最大の特徴であり、開発者たちが力を注いだこだわりの結晶なのです。

 この一風変わった万年筆の開発は、販売店とメーカーとの共同で始まりました。アイデアが生まれたのは発売から遡ること6年、日本全国から万年筆をこよなく愛する専門店が集結したJFAの1972年の定例会でのことです。

 当時日本の筆記具市場には海外メーカーの万年筆が次々と進出しており、競争は激化。マニアの間で舶来品嗜好の傾向が高まるなか、日本の万年筆メーカーには次なる一手が求められていました。一方、ボールペンやシャープペンシルなど便利で安価な商品が普及し始め、日常使いの筆記具として万年筆に取って代わろうとしていた時代でもあり、当時の国産万年筆は厳しい環境下にありました。

 そこで立ち上がったのが、万年筆への強い熱意を持ったJFAでした。「舶来品に押されて苦境に陥っている国産万年筆市場の現状を奪回するような万年筆を!」、「万年筆の素晴らしさを再認識してもらえるような製品を!」、「万年筆専門店が自信を持って『売りたい』と思える万年筆が欲しい!」と、万年筆メーカーへ企画を持ちかけたのでした。

 一方、企画提案を受けたパイロットとしても、1918年に日本初の純国産万年筆を発売して以来、さまざまな筆記具をつくり続けるなかで、押し寄せる時代の波に乗るような新たな戦略が求められている状況でした。そこでJFAとの共同開発に乗り出すことに決めたのです。

 パイロット創業時からの企業理念「三者鼎立(さんしゃていりつ)」の精神、使う人(ユーザー)、売る人(販売店)、つくる人(メーカー)の三者それぞれにとって喜ばしい企画であったことも決め手となりました。


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パイロットとJFAで共同開発が行われた1970年代の資料。


日本の文字を美しく書くために
最高の書き味の万年筆を求めて

 JFAからの提案のなかでも企画開発を方向づける核となったのは、「万年筆で、日本の文字を美しく書きたい」「日本の文字と国民性に適した、消費者の要望を真に満たす万年筆を、原点に戻って開発したい」というものでした。

  そもそも西洋発祥の万年筆は、欧米の横書き文化のなかで生まれたもので、横書きの文字に適した筆記具です。古来より縦書きが主流だった日本の文字特有の「トメ」「ハネ」「ハライ」を美しく表現するには、毛筆のような勢いのある運筆や、筆圧によるゆるやかなしなりと抑揚が生まれるペン先が必要となります。そんな、日本の文字を表現するのにふさわしいペン先づくりをめざして、パイロットとJFAによる共同開発が本格的に始まりました。

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開発時の図面。


リサーチ、開発、製品化までに6年の歳月をかけ
万年筆の核となるペン先の構造研究に力を注ぐ

 共同開発チームの中心メンバーとなったのは、JFA会長とパイロットのプロジェクトマネージャーでした。まずはじめに取り組んだのは、全国のJFA会員店、そして各店舗のお客様という万年筆への思いが人一倍強い愛好者たちの種々さまざまな意見を吸い上げることでした。「真に消費者が求める万年筆」へまとめ上げていく途方もない作業でした。

 そして、パイロットを中心とした共同開発チームではリサーチ作業を継続するのと並行して、万年筆の核となるペン先の構造研究にも力を注ぎました。ある万年筆愛好家の元に足しげく通い、秘蔵品を見ながら、一つひとつペン先を事細かに調べ、研究を続けたのです。

 こうしてリサーチを重ねるなか、定例会で交わされるさまざまな意見から導き出された一つの回答は、「日本の文字を書くのにもっとも適した、弾力性のある書き味、抑揚のある筆跡を生み出すこと」でした。しなりを生むやわらかさとコシの強さという両側面を備えた特性は、これまでの国産品はもちろん、舶来品にもなかった、まったく新しい万年筆となる可能性を秘めています。

 もともと年に1回開かれていたJFA定例会が、このプロジェクトのために年2回、3回と開催され、ついには毎月のように開かれるようになりました。


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開発時、さまざまなつけペンの形状を参考にしながら何度も検討が重ねられたペン先のサンプル。

ペン先の試作を繰り返し、目隠しテストによって
真に求められる一本にたどり着く


 開発の骨子が固まってからは、企画会議と並行して、実際にペン先を試作する日々が続くことになります。

 筆のような弾力性のある独特な書き味を持った、まったく新しいペン先をつくるにあたり、長きにわたるリサーチの末に共同開発チームがたどり着いたのは、ペン先に隆起をつけて二段構造にし、しなりを生み出すというアイデアでした。それは、多種多様な「つけペン」の形状の一つに着想を得たものでした。

 しかし、その構想を製品化するまでにも困難が伴いました。日本人の平均的な筆圧に合う弾力を模索しながら、幾つもの試作金型をつくり直すこと数回。5種類のスタイルのペン先を試作し、JFA会長が経営する文具店の店頭で消費者を対象とした市場調査を行いました。

 こうして、最終的に2種類に絞り込んだペン先それぞれに対し、しなりの強弱を5段階に設定した試作品製作に本格的に乗り出したのです。

 この全10タイプの試作品の書き味テストには、パイロットの経営者と共同開発チームのほか、万年筆愛好家に協力してもらい、それぞれ目隠しをした状態で手先の感覚を頼りに実施されました。その結果、全員一致で選んだのが、なんと一つのものだったのです。

 この独特のペン先の形状が生み出すのは、「しなり」や「たわみ」。筆にも近いその書き味は、日本語の縦書きにも向いているといえるものでした。

 そこからさらに3年近い時間をかけ、決定したペン先にふさわしいペン芯、ボディ、キャップ、クリップ……、とさまざまな新しい構造が検討されていくこととなりました。例えば、強い筆圧でたわませるとペン先とペン芯が大きく離れることを踏まえ、それでも充分なインキ流量を確保するため新たなペン芯構造を採用。さらには、落し込み嵌合キャップにも新技術を盛り込んでインキの蒸発を防ぐ構造を搭載しました。

 こうしていよいよ、こだわり抜いて形にした一本を、世に送り出す日を迎えることとなりました。リサーチに3年、ペン先の開発に3年、製品化に3年、とそれぞれの期間が重なる部分はあるものの、着想から発売までトータルで6年の歳月が流れていました。


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1978年発売の初代モデルのペン先。左:中央から先端へかけてペン先が盛り上がっている独自の形状が特徴。この形が毛筆のようなやわらかいタッチのなかにもコシのある独特の書き味を生んだ。右:初代モデルのペン芯は漆塗りが施されている特別仕様。

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1978年発売時に初回数量限定でつくられた専用の巻物と桐製のケース。製品特徴や使い方が書いてある巻物の芯部分に万年筆を収納する仕様になっている。巻物を紐解くと、「美しい字が書けると一生の得である」など、質のよい万年筆と教養との関係が説かれている。


美しい字が書けると一生の得となる
万年筆「エラボー」デビュー

 長い開発期間を経て1978年、日本の文字を美しく書くための万年筆は、「精巧な」「丹精込めて念入りにつくりあげた」という意味を持つ「elaborate(エラボレート)」と、「選ぼう」という2つの言葉を掛け合わせて「Elabo(エラボー)」と名付けられました。

 冒頭でも記したように、そのデビューが静かなすべり出しとなったのは、発売から一年間はJFA会員店のみで大切に販売していくという考えのもと開発された製品だったからでした。華々しい宣伝もなく、かつ限られた販売ルートでありながらも、店主の口コミによる確かな販売によって市場からの反響は大きく、毛筆の筆致にも似たしなやかな強弱を表現できる、まったく新しい万年筆として評判を呼びました。

 発売から4年が過ぎた頃、とあるエッセイストが雑誌『特選街』に記した印象的な言葉があります

 「私たちは、万年筆は外国製のほうが高級だという観念に強く支配されている。〜中略〜けれども私は、4年間エラボーを使ってみて、自分が食わず嫌いであったことを思い知らされた。そればかりでなく、エラボーこそ、外国品と比較して少しも遜色のない万年筆として最高のものの一つだろうと信じている」


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日本の文字のトメ、ハネ、ハライに適している「エラボー」の独特なペン先。


時を経て3代、親子で受け継ぐことのできる
ロングセラー商品として

 1978年に発売されて万年筆を愛する人々の心をつかんだエラボーは、コアなファンからの要望で1991年にペン先を初代よりも少し大きくし、形状も丸みを帯びた太めの軸の樹脂製ボディで復刻。新規パーツを採用してペン芯は単体構造となり、キャップもネジ式嵌合に変更して、初の大幅リニューアルを行いました。この2代目は、ペン先がやわらかくしなるソフトタッチの万年筆の傾向がより強くなっています。

 その後も、ボールペンの進化やパソコンの普及などによって万年筆需要が減少するという時代の波に押され、エラボーは一時販売を終了しますが、18年の時を経て、2009年には3代目として再び登場。2代目モデルの樹脂製ボディから金属製のボディに装いを変え、軸色もよりカラフルで、高級感あふれるデザインに進化を遂げました。


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写真左:2009年リニューアル時の広告。 / 写真右:左から初代エラボー1978年/1991年/2009年/2011年に発売されたモデル。初代エラボーから30年後にリニューアル発売した2009年モデルは、握りやすいようボディの直径が太くなって登場。


 そして、日本の文字を書くのにふさわしいソフトタッチのペン先ながら、コシのあるその独特な書き味が海外市場でも高い支持を受け、そのハヤブサのくちばしのような形状から「ファルコン(falcon)」という愛称で現在も親しまれています。

 製造技術の進歩や時代のニーズを反映して少しずつ進化を遂げてきた「エラボー」ですが、初代モデルから変わらないこだわりをここで一つご紹介します。

 それは、スマートでシンプルな形状のクリップ。万年筆をジャケットやシャツの胸ポケットに挿すとき、硬いと挿しにくく、やわらかいとすぐ抜けてしまいます。エラボーのクリップは強固な金属でありながら、形状はストレートで、ゆるやかに反った中央の谷の部分で押さえるため、厚手のジャケットでもすっと挿すことができ、薄手のシャツのポケットでも抜け落ちることがありません。これも、実用品としての万年筆を愛する開発者たちならではのこだわりです。


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スマートなデザインにこだわった独特なクリップの形状は初代からずっと変わらない。2011年モデルは2009年のデザインをもとに、ボディをより軽い樹脂仕様とし、ラインナップの幅を広げた。


 どこかユーモラスでもあるペン先のフォルムから生み出されるしなやかな書き味は、今も変わらず、多くの万年筆愛好家たちから支持され続けています。50年近い年月の間に2度の大きなリニューアルを経ても、万年筆の命であるペン先には初代から基本設計そのものに大きな変化がありません。独特のしなりを生むやわらかさとコシの強さという両側面を備えたソフトタッチの万年筆として、開発当初から高い完成度にあったことを証明しているのではないでしょうか。

 唯一無二の万年筆として生まれた「エラボー」。

 「日本の文字をより美しく書く」万年筆として、いつも手元に置いて愛用し続けていただける一本となるよう、これからも大切につくり続けます。





製品情報はこちら 〉〉〉パイロットの製品



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