ものの一時的な姿を超えた、変わらない本質に肉薄する貪欲さが抽象表現の魅力
[TARO さん / ボールペン細密画]
2025/06/18
ペンの動きだけで抽象的で細密な世界を表現するボールペン細密画家のTAROさんをご紹介します。
線と点からなる抽象的細密画を中心に、パイロットのボールペン「ハイテックC025」を主に用いて描いています。雲や水の流れ、植物の生長や繁殖などをイメージして描く形を決めます。大学の農学科で昆虫の観察結果を伝えるための学術的な細密スケッチを描いていたころは、自分の目に映るものをありのまま写実的に表現しようとしていましたが、次第に自分の感じた印象を自由かつダイレクトに伝える表現を追求するようになりました。そのため、色は最大3色程度に絞り、また徐々に細密になり、線の形、形の集合そのものを作品化したような絵になりました。一日ずっと描いて、数センチ~10センチ四方進む、そんなペースで制作しています。
物心ついたころから、虫や貝などの小さな生き物や植物、窓から見える雲や洗面台の水の流れなど、何気ないものも含め、自然の現象のつくりだすかたちに魅せられています。幼稚園のころは園庭の隅で、石をひっくり返して虫や草を延々と見ているような子供でした。今もそのころとあまり変わらない目線で、周りのものを観察しています。例えば、どんなつまらないと思われる小虫でも、立派な頭や腹、脚が備わり、拡大するとさらに複雑に入り組んだ構造が見えてきて、飽きることがありません。自宅で育てているサボテンや、お札の肖像画、お茶から立ち上る湯気など様々なものをヒントに、「こういう動き・形を紙の上に表現したい」と絵の構想につなげています。
抽象画というと、現実世界と関係ない、よくわからないという印象を持つ方もいらっしゃいます。私もしばしば、他の人が描く抽象画を難解に感じることがありますし、現在も抽象画のみならず具象画を描くこともあります。ですが抽象表現には、「ものの一時的な姿を超えた変わらない本質に肉薄しようとする貪欲さがある」と大きな魅力を感じています。わかりにくい抽象画だからこそ、どんな動き・形を表現したいのか、どうすれば伝わるかを意識することを心がけています。目指しているのは、美しいもの、深遠なものを見たときの心の動き(ただ単純に心地よいだけでなく、ちょっと不安にもなるような)を、絵を見た人が感じ、面白がってもらえるような作品です。またボールペン画は、絵の具を盛り上げた凹凸や、墨のにじみのような素材感に乏しく、画面をつくるのはペンの動きだけです。そのため、質感の表現をとても大事にしています。特徴のある質感の紙を使う手段もありますが、なるべく自分が生み出すペンの動きだけで勝負したいと考えています。
呼吸と同じような気がしています。何しろ子供のころから、ペンや鉛筆があると落描きが止まりませんでした。私の作品は他の人の絵以上に「線」を描く作業の集積です。制作時間を短縮しようと、ひとつの版で複数印刷できる銅版画を試したこともありましたが、金属板を彫るよりも、紙をカリカリ引っ掻く感触が好きだからか、結局肉筆にこだわっています。「砂地の上を枝切れか何かで引っ『搔いた』ことが『書く・描く』ことのはじまりだったのではないだろうか?」、などと思いを馳せながら制作しています。
見てくれる人がいることです。一人で描いていたころは、自分のために落描きが出来れば楽しかったのですが、そのままでは自分らしい画風の確立は難しかったと思います。人に見てもらうことで、自分の絵に足りないものや、目指す方向性に気付くことができました。すると、容易には満足せず、新しい作品をつくりたいと思うもので、それが原動力になっています。また、展示の予定がなければ、きっと忙しさにかまけて描かなくなってしまう物臭な人間なので、なるべく定期的に展示の予定を入れることも大切にしています。
photoトップメイン:今の作風の原形の一つとなった作品「黄金(きん)の胞子」。「ハイテックC025」のブルーブラック、ブラウンと、「ジュース」の金色を使用。 photo1:アンモナイトを自分なりに描いた作品「まどろみ」。黄色を除くすべての色もハイテックです。テーマは質感の使い分け。 photo2:人体を小宇宙とも表現しますが、細胞のような小さい部分が集まって曼荼羅のように大きな秩序をつくるさまを表現したくて描いた「星雲」。「ハイテックC025」のブルーブラック単色。 photo3:架空の花が咲いて、実を付け、種を飛ばす様子を描きました。白は塗り残しで表現。 photo4:いつも机に突っ伏すような姿勢で制作しています。夕方は目がかすんでくるので朝~昼過ぎまでが勝負です。 photo5:育てているサボテン「疣銀冠玉」。よく仔を吹きます。サボテンなど植物のフォルムは大いに参考になります。
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