消せるボールペン「フリクション」開発ストーリー。【前編:温度で色が変わるインキの発明1970年〜2002年】

2024/08/23

消せるボールペン「フリクション」開発ストーリー。【前編:温度で色が変わるインキの発明1970年〜2002年】

2006年、日本に先駆けてヨーロッパで発売された「フリクション」シリーズは、現在、世界100以上の国と地域で販売され、累計販売本数は44億本を突破(2023年末時点)。誕生以来、新たなアイテムを生み出し続け、筆記具市場に「消せるペン」という新カテゴリーを確立しました。

誕生までの約30年、そして発売から現在まで合わせると半世紀以上にわたって研究開発が続けられているフリクション。前編では、「筆記具として世に出るまで、なぜ30年以上の年月がかかったのか?」、発売に至るまでの開発秘話をお届けします。

1970年〜1974
「温度で色が変わるインキ」という世界初の発明

 フリクションシリーズ最大の特徴は、温度で色が変わる特殊なインキが使われていることです。このコンセプトは、今から50年以上前の1970年秋、パイロットの研究者が自然界の現象にインスピレーションを得て生まれました。

 常に新しいインキの研究開発テーマを求めてアンテナを張りめぐらせていたパイロットの研究者は、秋の渓谷で見事な紅葉を目にした瞬間、「一夜にして色が変わる紅葉のような色の変化を、試験管の中で実現したい」という強い思いに駆られ、「色が変わるインキ」の研究に着手します。

 筆記具のインキに求められる性能が、「光や温度の影響を受けても、半永久的に色が変わらないこと」だった時代、「色が変わるインキ」は当時の常識をくつがえす発想でした。過去の研究実績はおろか、ヒントとなるような学術資料も当然ありません。温度や湿度、紫外線、光などさまざまな要因のうち、何が色の変化をもたらすことができるのかを検討しながら、日々研究を続けたのです。そして着想から1年ほど経った頃、基本原理を発見。その原理に基づいた世界初の「温度の変化で色が変わるインキ」が誕生しました。

 可能性を秘めたそのインキは、翌1972年に特許を出願。変身・変態を意味するメタモルフォーゼ(metamorphose)から「メタモカラー」と名づけられました。


1975年~1985
色変化を楽しむアイテムで玩具市場へ

 1975年に特許を取得し、翌年にはメタモカラーを使った世界初の商品となる冷水を入れると色が変わる紙コップ「魔法のコップ」を発売。

 この頃から、メタモカラーは印刷用インキとして市場開拓に取り組みながらも、性能の向上を目指して多様な材料を組み合わせるなど地道に基礎研究を重ねていきました。また、他の企業と共同研究を行うことによって、その技術はさらに磨かれていくこととなります。

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冷水を入れると色が変わる紙コップ「魔法のコップ」。

 そして10年ほどが経過した1985年には、パイロット初の玩具「メルちゃん まほうのフライDEこんがり」を発売。温度による色変化を利用したアイデア商品で玩具市場への進出を果たしました。メタモカラーは新たな市場で大きな一歩を踏み出したのです。

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冷水を入れた鍋に白いエビフライを入れると色が変わる「メルちゃん まほうのフライDEこんがり」。

 ただし当時はまだ、「色が変わるインキ」を筆記具に使うという発想はありませんでした。そもそも「一度書いた筆跡は、何年経っても色が変わらないことが良い」とされていた筆記具のインキと「色が変わるインキ」が結びつくことがなかったのです。

 
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1986年~1992
色が変化した状態を維持することができるインキ「メモリータイプ」の開発

 メタモカラーを使った商品は話題を呼びましたが、さらなる展開を目指すために解決しておきたいふたつの課題がありました。ひとつ目は、色が変化する温度を厳密に設定できないこと。当時のメタモカラーは温度が上がると徐々に色が変わり、放っておくと自然と色が戻るという、変色の境目が曖昧な状態でした。そこで変色温度の感度を上げるために、インキの色素であるマイクロカプセルに入っている3要素のひとつ、「変色温度調整剤」(下図参照)に焦点をしぼって実験を繰り返しました。

 まず開発されたのは、ある温度で瞬時に色が変わり、その温度以下になるとすぐに色が戻る「高感度タイプ」のインキです。この変色温度の感度が高いインキは、ビールやワインのおいしい飲み頃の温度を知らせる示温材として活用できるようになりました。

 次に取り組んだのは、色が変化した状態を維持することができる「メモリータイプ」のインキをつくることでした。色が変わる温度と再び色が戻る温度の差「変色温度幅」の拡大を目指したのです。たとえば、赤のインキに熱を加えてある温度に達すると黄色になるとします。従来のメタモカラーでは徐々に赤に戻りましたが、「メモリータイプ」では、黄色を赤に戻すには決まった温度まで冷やす必要があります。つまりそれは、「ある決められた温度になるまで、黄色の状態を記憶し続ける」ことを意味するのです。

 特殊な変色温度調整剤をめぐって試行錯誤を重ね、ついに1988年、温度差約20℃の間で、一度変わった色がそのままの状態をキープできる「メモリータイプ」の開発に成功しました。

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変色温度の感度を上げた高感度タイプ(上図)と、変色した状態をキープするメモリータイプ(下図)。2つの方向性で当時の課題をクリアするべく、開発部では日夜研究が繰り返された。

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メタモカラーの色素の役割を果たすのは、特殊なマイクロカプセル。色のもととなる「A:発色剤」、「B:Aを発色させる成分」、ある温度で色を変える「C:変色温度調整剤」の3要素が小さなカプセル内に入っている。

 メモリータイプの実現によって、メタモカラー開発の可能性は大きく広がります。国内外の企業からの要望に対して技術提供で応えることで、技術力がさらに高まっていったのです。特にアメリカの玩具メーカーとの共同開発で生まれた「メイクアップドール」が大ヒット。大きな話題を呼びました。そして、1992年にはパイロットから、お風呂に入れると髪の色が変わる人形「おふろすきすきメルちゃん」がデビュー。この人形は、日本の子どもたちに人気を博し、現在も30年以上のロングセラー商品として愛され続けています。


1993年~2000
筆記具を視野に、2ミクロン粒子へのチャレンジ

 90年代になると、お風呂に入れると色が変わる新幹線の玩具、機内食の温め目安となる示温材や偽造防止チケットなど、多くの企業への技術協力によって多くのアイテムに展開され、温度で色が変わる技術の存在が市場に浸透していきました。さまざまな領域での実用化によって、メタモカラーはひとつの事業として確立されていったのです。


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 そしてふたつ目の課題は、「インキ中のマイクロカプセルの小型化」です。

 多くのアイテムに展開されたメタモカラーも2000年頃までは、筆記具に応用しようとは考えられていませんでした。なぜなら、インキの色素であるマイクロカプセルが大きすぎたからです。ボールペンのインキとして使用するためには、ペン先の微細な隙間からインキがスムーズに流れ出るように、マイクロカプセルを小さくする必要があります。

 メタモカラーのインキは、「発色剤」「発色させる成分」「変色温度調整剤」の3つの成分を微細なマイクロカプセルの中に閉じ込める構造になっています。一般的なボールペンインキの粒子は直径0.1~1.0ミクロンですが、開発当初のメタモカラーは直径10~15ミクロンもあり、とても筆記具のインキとして使えるサイズではありませんでした。メモリータイプができた頃には5~10ミクロンまで粒子の小型化が進んでいましたが、それでもまだボールペンに採用するには大きすぎたのです。小さくするほどカプセルの膜は薄く破れやすくなってしまうため、実用に適していてかつ破れにくい膜材の開発はとても困難な道のりとなりました。

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2001年~2002
世界初、こすると色が変わる不思議なボールペン「イリュージョン」発売

 2001年、ついにメタモカラーのマイクロカプセル粒子を、ボールペンインキとして使用できる2〜3ミクロンという超微細化に成功。人の髪の毛の直径80〜100ミクロンと比較すると、2〜3ミクロンはその40分の1。いかに微細な世界での試行錯誤だったのかがわかります。こうしてメタモカラーの粒子は、ボールペンのペン先の隙間をスムーズに通り抜けることができるサイズまで進化を遂げたのです。

 ただ、越えるべき壁はまだ残っていました。この時、変色温度幅は40℃(0〜40℃) まで広がっていましたが、夏は40℃を超える日があったり、冬は氷点下になる日があったりする日本の気候を考えると、容易に温度幅が40℃を超えてしまいます。気温差で色が変化してしまうようでは、実用的な筆記具に採用できるとは到底思えません。それでも粒子の超微細化に成功したメタモカラーを使ったボールペン開発へ向けて動き出しました。

 そして2002年、メタモカラーの技術を利用した初の筆記具、キャップについた専用ラバーでこすると色が変わる不思議なボールペン「イリュージョン」を発売。書いた時は黒い筆跡が、専用ラバーでこすると摩擦熱で黒から別の色に変わるデコレーション用のペンとしての実験的な発売でした。


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 そして、この「イリュージョン」を目にしたパイロットのヨーロッパ会社のマーケティング担当者が発したある一言がきっかけとなって、メタモカラーを使った「摩擦熱で消せるボールペン」商品化へ向けて、大きく動き出すこととなります。

〉〉〉いよいよ「消せるボールペン『フリクション』」商品化へ。(後編に続く)



製品情報はこちら 〉〉〉こすると消える「フリクション」



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