パイロットが協賛している「はがきの名文コンクール」をご存知ですか。単なる通信手段をこえた「文化としてのはがきの魅力」を広めるために創設され、12回目を迎えます。昨年の応募総数は1万5千通以上。今年も日本全国の老若男女が一枚のはがきに綴った願いが、奈良県御所市のとある施設に寄せられています。
多くの人に愛されるコンクールは、誰かのささやかな日常や人生そのものが描き込まれた物語に触れる楽しさと、手書きする喜びを再発見する機会にも。個性あふれる受賞作品と共にご紹介します。
郵便の歴史が味わえる館に全国からはがきが届く
寄棟屋根に桜色の外壁が映える瀟洒な建物と、丸型のレトロなポスト。コンクールの応募先になっているのは、奈良県中部の御所市にある「郵便名柄館」です。大正時代に開局された郵便局舎を再生するプロジェクトによって、2015年に郵便史を彩ったアイテムを所蔵する資料館として生まれ変わりました。
併設するカフェの人気メニューは自家焙煎のオリジナルブレンド「テガミコーヒー」。郵便名柄館のイラストが描かれた切手付きで提供されます。テーブルの引き出しには、はがきやカラーペン、色鉛筆などがずらり。手に取って、一筆したためて投函していく人も少なくないといいます。
丸型のポストは現役。外壁を染めるやさしい桜色は創建時の色合いが再現されている。Tegami cafeのテーブルの引き出しには心躍る文具がそろう。
コンクールは、そんな新スポットの開館を記念して誕生しました。創設したのは、歴史小説から予測小説まで幅広い著作で知られる堺屋太一さん。実行委員会の初代代表理事を務め、亡くなる直前まで選考委員でした。多数のベストセラーを生んだ作家は「はがきは軽便安価な通信手段。そして仲間内の符号ではない全き日本語だからこそ、『名文』が多い。この人類文化をさらに広め、深め、楽しくしたい」と語り、日常で交わされるはがきの価値とコンクールの意義を明らかにしました。
10年をこえる歩みの中でムーブメントとして大きく育った「はがきの名文コンクール」は、短詩型文学の催しの中でも注目を集めるように。作品募集は7月半ばからで、秋の終わりの最終選考を経て受賞作が決まると、翌1月には記念品贈呈式が開催されます。受賞者が一堂に介する、和やかな式典です。
直近の第11回記念品贈呈式では、大賞作品が会場をほのぼのとした笑いに包みました。70歳の元小学校校長の男性が30年にわたって温め続けた恋を綴ったもの(写真)で、個人の体験がそのまま投影されています。プライバシーが重視される昨今において、誰もが目に留められるかたちで投函・配達される「はがきのおおらかさ」が伝わる作品です。
大賞受賞作品は応募者と思いを寄せる相手との30年におよぶ交流や未来への願いを綴っている。受賞者が集う記念品贈呈式は御所市内で開催される。[写真提供:御所ガールfacebook・X(@gose_girl)]
その大賞作品を見てみましょう。定規で手書きされたマス目に表れる実直さ、文末の余韻。コンクールが多くの人を惹きつけるのは、こんなふうに一枚のはがきから浮かび上がる人物像と物語なのかもしれません。印字での応募もあるものの、ほとんどが手書きで送られてくるといいます。
誰しも胸の内に秘める「一言の願い」を大切に取り扱う
コンクールには、全国の老若男女から作品が寄せられます。幅広い年代が応募する大きな要因となっているのが、「一言の願い」というテーマです。
ユーモラスな視点や前向きさを感じさせる一枚、戦争の実体験が凝縮された一枚、もう会うことができない人への思慕があふれる一枚、日常の感謝を言葉にした一枚......。「一言の願い」というシンプルなテーマが、人を過去にも未来にも向かわせます。
書式は自由で、20字以上200字以内の日本語で応募。郵便はがきと私製はがきのいずれも使用できる。優しいタッチのイラストが印象的なフライヤーはTegami cafeで配布しており、100枚以上であればコンクール公式サイトで取り寄せ可能(なくなり次第終了)。
寄せられているのは、いかにもというドラマチックなエピソードではありません。情景が浮かんだり、普段表に出てこないような声が聞こえてきたり。時間も空間も軽々とこえる願いは普遍的で、個々の色を際立たせます。これが10年以上も筆致や応募傾向が偏ることがないというコンクールの厚みを生み出していると言えるでしょう。作品に触れればきっと、目の前の物語と共に、自身の胸の内に眠る願いに思いを馳せることにもなるはずです。
忘れられない記憶や大切な人、過去・現在・未来に思いを馳せた作品が数多く寄せられる。
宛先の地に鎮座する「名社の神様」にあやかって
「一言の願い」というテーマは、応募の宛先である郵便名柄館から徒歩で20分ほどのところに鎮座する「葛城一言主神社」にちなんでいます。全国の一言主神社の総本社にして、古事記や日本書紀にも登場する由緒ある神社です。祭神は、一言主大神(ひとことぬしのおおかみ)。地元の人々には「いちごんさん」として親しまれ、「一言の願いであれば何でもかなえてくれる」と信じられています。
受賞者の有志も参拝しており、コンクールと深い縁を育んできた名社。この神様への願いが記された作品は成就のため祈祷される。 [写真提供:はがきの名文コンクール実行委員会]
「神の降る里」と称される御所市にあり、全国的な知名度を誇る葛城一言主神社。郵便名柄館がこの名社に近いことから、応募作には一言主大神に宛てたはがきが多数あるそうです。そこで、実行委員会はそのはがきを選り分けて祈祷を依頼するようになり、今ではすっかり恒例行事に。時折、願いがかなったことを伝える電話がかかってくるといい、「一言の願い」を通じた温かなコミュニケーションも生まれています。
思いを込めて綴られたはがきの選考は、驚くほど丁寧です。毎年1万数千通が寄せられる中、まずは十数人のライターや編集者が1作品を2人以上でじっくりと読みます。最終選考に残るのは140作品ほどで、これを読み込んだ3人の選考委員が魅力を語らって受賞作を決定します。
手書きだからこそ伝わる「思いと温度」をもっと身近に
言葉と感情表現に独自の視点を持つ選考委員は、コンクールの応募ツールである「はがきの魅力」について、さまざまに語っています。その一例が「人それぞれのスタイルが垣間見えること」「現物限りという希少さ」「考え抜かれたサイズ感」です。
左から齋藤 孝さん、五木寛之さん、村山由佳さん。長年にわたり選考委員を務めている。[写真提供:はがきの名文コンクール実行委員会]
縦横自在に使うことができるはがきは、若者から年配までどんな人がどんなふうに書き込んでも、オリジナルなスタイルが浮かび上がります。字体や大きさ、筆圧。まるで、木の枝の曲がりのような個性です。そこに個別のメッセージが綴られることで、読み手はより確かに、書き手の思いを受け取ることができます。
また同じ人が送っても、仕上がりは一枚一枚異なるうえに現物限りという点も特徴的です。これは、即時性があるものの単調になりがちな電子メールやトークアプリでのやり取りにはない特別感をもたらしてくれます。そして手のひらサイズで、さらりと書き込めることも大きなポイントのようです。多量に書き込めるスペースがあると、一枚綴ろうにも構えてしまうもの。このサイズだからこそ凝縮される思い、温度に惹かれるのだとか。
年齢を問わず、その人らしさが表れるのが手書き。
応募作を見ると、手書きの文字がその人らしさをどれだけ雄弁に伝えているかが分かります。コンクールにおいては選考対象ではありませんが、筆跡や絵柄も差出人の心情を補完する大切な要素です。思いをのせて投函するはがき、そこに心遣いや工夫が感じられると、手元に残しておきたくなるのかもしれません。
まだ真っ白な一枚を前に、気持ちを整理したり、誰かに思いを伝えたり。はがきを綴ることで味わえる楽しみは、実に多様です。笹舟流しのように、そっとポストへ。はがきは、そんなささやかなアクションによって、おおらかで温もりあるコミュニケーションをかなえてくれます。
書く喜びを多くの人に体感していただくために、書く文化を次代へとつないでいくために。パイロットはこれからも、「はがきの名文コンクール」を応援していきます。
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