日本語のために開発された万年筆「エラボー」(1978年発売)

2024/12/23

日本語のために開発された万年筆「エラボー」(1978年発売)

[一番多くの文字を書いた万年筆]

 文具王がPILOTの名品に迫るコーナー。第五回目は、とうとう筆記具の王者、万年筆の登場です。

 私は、万年筆コレクターとして万年筆を収集しているわけではありませんが、万年筆で書くことは好きで、日常使用するペンとして常に10本程度にはインクが入っていて、万年筆を使わない日はほとんどありません。日記的なノートや手帳にも万年筆をよく使いますが、私の場合、動画サイトでメッセージをいただいた方や、お仕事でお世話になった方への御礼などで簡単な葉書を書くことが多いのですが、この葉書には万年筆で書くことに決めているので、万年筆の使用頻度は比較的高い方かと思います。そんな感じで毎日使っているので、コレクターではないと言いつつも、機会があるごとに気になった万年筆を少しずつ買い足した結果、それなりの本数にはなってしまい、今では正直使い切れないほどの万年筆を所持していて、インクを入れた状態で手もとで待機するスタメンは、その時々の気分で入れ替えつつ楽しんでいます。

 しかしそんな中でも、レギュラーメンバーとしてほぼ入れ替わることなく、常にペン立てに居続けるペンであり、おそらく自分がこれまでに一番多く文字を書いた万年筆が、今回お話する「エラボー」です。エラボーは、万年筆の中ではちょっと変わった形のペン先を持つペンで、一般的な万年筆と並べると明らかに異質な感じがしますが、実際に書いてみると、万年筆に不慣れな人が書いても書きやすい、とても安心感のある万年筆でありつつ、使い慣れると豊かな表現が可能な、じつに懐の深い万年筆であることがわかります。

 私がこの万年筆に出会ったのは、3代目エラボー(現行品)が発売された2009年頃、SM(中字)を購入。それ以来この独特の書き心地が気に入り、ずっと使っています。(2012年に一度買い直しているので、今使っているものは使い始めてから12年目になります。)購入した時は今より少し細く、エッジのあるキリッとした筆跡でしたが、いつのまにか描線は少し太くなり、カドの取れた柔らかな筆跡で、葉書の宛名や手紙にちょうど良い感じになってきたので、後から購入した SF(細字)と2本を使い分けています。

knowledge022_bunguo5_1a_SDIM2018_1280.jpg

[日本語のために開発されたペン先の形]

 エラボー最大の特徴はやはり何と言ってもこのペン先です。エラボーは、海外ではファルコン(隼(はやぶさ))という名前で販売されていますが、猛禽の嘴のような独特の形状のペン先はまさに隼ですね。なんとなく鋭角的で鋭い印象ですが、万年筆の中ではペン先が比較的柔らかいフレックスニブと呼ばれるペン先の一種で、筆圧をかけるとペン先が少したわみ、書き心地はむしろクッション性のある、やわらかく優しい筆記感です。もともとが日本語のトメ・ハネ・ハライを表現するために開発されたと言われるだけあって、筆圧に伴って変化する描線の抑揚のある表現力が魅力です。

 フレックスというと、パイロットの中では、「フォルカン」というペン先があり、こちらは普通のペン先の左右に大きくえぐれた切り欠きをいれることで剛性を下げた形状の典型的なフレックスタイプです。ペン先の面全体がしなるので、非常に柔らかく、筆圧に対してとても敏感に線幅が変化します。慣れるとそのダイナミックな表現力は圧倒的ですが、適切に筆圧をコントロールできないと不安定とも言えますし、中には筆圧をかけすぎてペン先を破損(開いたまま戻らなくなる)してしまう人もいるようですので、注意が必要です。

 エラボーのペン先は、しなる部分とそれを支えるかたい部分が組み合わさった立体的な構造になっているので、柔らかさの中にも丈夫な芯がある印象で、トメ・ハネ・ハライの表現力を持ちつつも筆圧に対して力強く応える安心感があり、そのバランスが秀逸です。

knowledge022_bunguo5_1b_Image 0011_1280.jpg

 ちなみに現在のエラボーは、3代目ですが、初代が発売されたのは1978年。公式ページによると、全国万年筆専門店会から提案を受け、日本の文字を美しく書くための万年筆を作るという目標を持って開発されたそうです。

 普段私達が使う道具の多くは、使われる国や文化にかかわらず同じように機能を発揮するように思われがちです。万年筆についても、欧米の万年筆と日本の万年筆が同じように使われ評価されますが、よく考えたらこれはちょっと変です。そもそも万年筆を発明し育てた、「本場」の欧米人は試し書きに「永」の字を書かないし、トメ・ハネ・ハライできるペンが必要とは思っていないはずです。アルファベットは、形がシンプルで縦線主体。縦線でリズムを取るのに対して、漢字は横線が多く、複雑で、しかもかつては縦書きでした。ペン先の運動が全く違うし、理想の文字の形が全く違うので、求められるペンの形が異なるのは当然といえば当然です。

knowledge022_bunguo5_1c_SDIM1976_1280.jpg

 戦後の高度経済成長期を経て実用品としての筆記具の主役がボールペンに移っていく中、万年筆販売店が自信を持って販売するために、日本人が日本語を美しく書くのに適した万年筆が模索されました。目指すところは、「まるで筆のように書ける万年筆」。そして6年の開発期間をかけて出来上がったのがこの独特の形のペン先。なるほど、私が普段使いで(当然日本語の)文字を書きやすいのは、こういうことだったんですね。

 開発に工夫がなされたのは、ペン先だけではありません。ペン先にインクを供給するペン芯(ペンの裏にある樹脂製の部品)の構造も、筆圧をかけてペン先がしなっても潤沢にインクを供給できるように工夫されたそうです。たしかに、エラボーは、インクが気持ちよく流れ出てくるので、その点も書き心地の良さに影響していると思います。

knowledge022_bunguo5_1d_SDIM1982_1280.jpg
 

[デザインについて]

 ペン先だけでなく、本体のデザインも秀逸です。キャップと尻軸の端部はフラットで、クリップもストレートな長方形の一方を斜めに削り落としたような面構成。胴軸とキャップの直径差が小さいので、全体的に細く見えます。現行品の三代目は、金属部品を多用することで高級感のある仕上がりになっていて、重量は約34g。万年筆の中でもしっかりした重さがあり、低重心ではありませんが自重を活かして筆圧をほとんどかけずに筆記することができます。キャップの両端と尻軸がペン先と同じ銀色の金属部品なので、携帯時も筆記時も、ペンの両端が銀色になります。リズムよく配置された3本の細い銀色のリングとあわせて、実際の重量だけでなく視覚的な重量バランスを取っています。ペン先のシャープな形状と調和する、直線的でスッキリしたデザインのボディは精悍で、機能的な筆記具であることを印象づけています。

knowledge022_bunguo5_1e_Image 0010_1280.jpg

 今使っている万年筆が2本目と書きましたが、最初に購入したエラボーは紛失したわけではありません。じつは買って3年目のある日。たまたま出張先で知人に急遽呼ばれて行った先が自分のとても好きなアーティストのライブで、しかもそのまま打ち上げに参加してメンバーの方と直接お話しさせて戴くという、夢のような話がありました。文具王を名乗ったところ、そのメンバーの一人が私のことをご存知で、ブログなども見てくれていたという、とんでもない事実が発覚。私が持っていたエラボーを試し書きしたその方が、あまりに楽しそうだったので、舞い上がってしまった私はその場の勢いでプレゼントしてしまった、という、ピタゴラスイッチ的な展開で手放したのでした。

 その後自分のために再度買い直したのが今所持しているエラボーですが、既にそれから12年。いろんな手紙や日記を書いてきた万年筆は、プレゼントしたあの時よりもずっと柔らかく自分の手に馴染んで、今は手放せない相棒になりました。万年筆は、ボールペンと比べたら高いし、扱いはちょっと不便なところもありますが、インクと共に思考が紙に流れ出ていく気持ちよさがあり、その筆跡には他のペンとはまた違った趣があります。思考を深め、気持ちを伝える道具として、これからも大切に使っていきたいと思います。

(文・イラスト 文具王 高畑正幸)



 


/////////////////////////////////////////////////
今回登場した製品:
万年筆「エラボー」3代目 2009年発売
製品の情報はこちら 〉〉〉万年筆「エラボー」
※万年筆「エラボー」初代1978年発売 / 販売終了品。2代目1991年発売 / 販売終了品。 /////////////////////////////////////////////////





knowledge014_bunguo_prof.jpg

高畑 正幸 さん 文具王 / 文房具デザイナー・研究評論家

1974年香川県丸亀市生まれ。小学校の頃から文房具に興味を持ち、文房具についての同人誌を発行。テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」全国文房具通選手権にて3連続で優勝し「文具王」と呼ばれる。日本最大の文房具の情報サイト「文具のとびら」の編集長。文房具のデザイン、執筆・講演・各種メディアでの文房具解説のほか、トークイベントやYouTube等で文房具をさまざまな角度から深く解説する講義スタイルで人気。
文具王・高畑正幸公式HP「B-LABO」
文房具総合Webマガジン「文具のとびら」



〈関連記事を読む〉
〉〉〉パイロットライブラリー「エラボー」開発秘話 〉〉〉パイロット名品図鑑「Vコーン」(1991年発売) 〉〉〉パイロット名品図鑑「スーパーグリップ」(1994年発売)

  • 1

  • 2

この記事をシェアする

  
かく、がスキ 公式SNS
TOPページへ戻る
パイロット公式サイトへ