0.3mmという激細時代を切り開いた「ハイテックC」(1994年発売)

2024/07/10

0.3mmという激細時代を切り開いた「ハイテックC」(1994年発売)

 文具王がPILOTの名品に迫るコーナー。第四回目は、大学時代に出会った衝撃の細さ、ハイテックCです。

 ハイテックCは、今年で発売から30年。1994年発売の、当時世界でもっとも直径の小さい、0.3mmのボールを搭載したゲルインキボールペン。米粒にも文字が書けるというではありませんか、こんなの気にならないないわけがありません。ということで、私もすぐに買ったのを覚えています。当時はTVCMも放送されていましたし、ゲルインキのボールペン自体、登場からまだ10年経っていない新技術で、パイロットは前年の1993年にはじめてG-1というゲルインキボールペンを出したばかりでしたが、この突然の激細ペンの発売で、一気に注目を集めました。

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小さな米粒にも書けるほどの極小の文字が書ける「ハイテックC」

 ゲルインキは、大分類上は水性インキに含まれますが、一般的な水性インキとは異なり、インキに特殊な増粘剤を加えることで、軸内では流動性のないゼリーのような状態(ゲル状)、ですが、ボールが転がる際に発生する力によって急激に粘度が下がり、液状になるインキです。チキソトロピーという現象で、この性質があることで、筆記していないときは固まって安定しているのに、筆記しようとしてペン先が紙に触れた瞬間、ペン先周辺のインキは滑らかな水性インキのようになります。しかも紙の上ではまたすぐにゲル状に戻るので、滲みにくいというメリットもあります。

 油性のような簡易な構造でも流れ出さないのに、水性のように滑らかな、いいとこ取りのインクで、ゲルインキのボールペンが市場に出始めた当初は書き心地の良さや、発色の良さ(軸内で流動性がないので顔料選択の自由度が高い)という印象で、パイロットでもG-1は書き味の滑らかさと黒の発色の良さが印象的でした。ところが、突然それまで見た事もない細さのハイテックCが登場したことで、ゲルインキならではの超極細ボールペンという新ジャンルが誕生したのです。

 繊細なペン先を流れる流動性と、軸内での安定性の両立が必要な超極細ボールペンもやはり、ゲルインキにうってつけのジャンルということでしょう。

 発売当時、小型のシステム手帳に小さな文字を書いていたので、小さな文字を書けて滲まないハイテックCが便利だったのは言うまでもありませんが、工学部機械工学科の学生だった私にとっては、ちょっとした図面などを描く場合にも、扱いが難しく手入れが面倒な製図ペンや、ペン先の弱いミリペンに比べれば、圧倒的に楽で、細くクッキリしたシャープな線が引ける点は、画期的でした。ハイテックCの特徴でもあるパイプ状の先端は、製図用の定規やテンプレートなどとも相性がよく、ほとんど製図用シャープペンシルと同じ感覚で描けます。それでいて描線はシャープでクッキリとした黒。いきなり解像度がグッと上がるイメージでした。しかも価格は200円。 気軽に買えるのもうれしいところでした。もちろん、今回のイラストは、すべてハイテックCを使って描いています。

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長いパイプ状の先端は定規に当たっても安定し書きやすい

【デザイン】

 発売から30年も当たり前のように販売されているために、見慣れてしまっていますが、ハイテックCは、じつは、なんだかアンバランスなデザインです。

 全長136mm、キャップを外した本体の長さは126mm。ボールペンの中では明らかに短く、キャップが大きいのが特徴的です。

 本体に対して比較的大きく直線的なデザインのキャップは、ペン先の保護と乾燥防止という機能だけならここまで長い必要ないはずですが、かなりしっかりとグリップ部分が隠れるほどの長さです。本体が短いので、キャップを閉めた状態でキャップが1/3ほどの長さを占めています。さらにはグリップ部分が胴軸とほぼ同じ太さのため、それを覆うキャップはその分太くなっていて、かなり存在感があります。

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 キャップを尻軸にはめると、見た目にはバランス良く落ち着くのですが、私は書くときはこのキャップを付けずに書いているので、ちょっと短い印象です。

 軸は、シンプルな使い切りボールペンにはよくある透明軸なのですが、グリップ部で直径8.95mm。今では使い切りボールペンとして標準的な軸径ですが、それ以前の事務用油性ボールペンに比べると少し太めです。これは中のリフィルが油性ボールペンのリフィルに比べるとかなり太いためですね。

 ゲルインクは、一般的に、油性に比べればかなりインクの流量が多く、逆に言うと減りが早いインクです。なので、ハイテックCのリフィルはかなり太めで、インクの残量が一目瞭然。棒グラフのような感覚で書いた量が可視化されます。これは、学生にとってはある種のモチベーションや自信につながるところで、私は定期的に背丈を測るように、リフィルに線を引いて、その差分を見ながら勉強をしていました。

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上:ハイテックC(ゲルインキボールペン)のリフィル 下:レックスグリップ(油性ボールペン)のリフィル

 軸は六角なのに、グリップの断面は円形です。これもちょっと不思議です。普通六角軸はグリップに向いている形状ですが、なぜかグリップ部分は六角形ではなく円形になっていますし、転がり止めとしても機能していません。しかし平面と稜線が作り出す直線的なイメージは、キャップやクリップの直線的なデザインとも対応する形で、全体的に角張った印象でまとまっていますし、キラキラとプリズムのように光を屈折反射して美しく見えるのも、多角形断面の良い所です。

 全体的に直線的でカドのあるデザイン、全体的に短く、キャップが目立つ形状。シンプルな要素の組み合わせですが、当時としては他のボールペンとは明確に異なるシルエットで、画期的な製品だという主張が感じられます。

 今となっては、少しクラシックな印象のボディではありますが、ハイテックCといえばこの形という印象が強すぎたのかもしれません。様々なデザインの新ボディが登場しましたが、結局はこの、スタンダードなハイテックCが残りました。

 

【書き心地】

 書き心地のキモは、もちろん極小ボールとパイプチップ、そしてゲルインキです。

 今では当たり前になった0.3mmというボール径ですが、0.5mmから0.3mmへというのは、0.2mm小さくなったといえば小さな違いのように見えるかもしれませんが、0.5mmから0.3mmになったということは、直径は60%ですが、体積でみれば22%です。0.7mmのボールと比べればたったの8%しかないのです!この違いは劇的と言っていいでしょう。

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ボールサイズの比較。パイプチップとコーンチップのボールの支え方の違いがわかる

 そしてパイプチップ。一般的なボールペンのコーンチップは、金属の棒から削り出して作るのですが、ハイテックCのチップはパイプ状の部品から作ります。ボールが落っこちないように、ラムネの瓶のような凹みを3箇所つけることで球を後ろから支え、前をかしめてあります。(この凹みはペン先をよく見れば肉眼でも観察できます。)ボールを3点で支えるので、面で支えるコーン型に比べて摩擦が少なく、この細さにもかかわらず、スムーズな書き心地です。ペン先がパイプ状で、見通しがよいのも、細かな文字を書くには向いています。パイプ状なので、筆圧によってペン先が若干しなります。これも書き心地に影響していて、いわゆるペン先のブレとかぐらつきはありませんが、ふわふわした感触があります。このしなるクッション感については好みが分かれるところですが、万年筆のパイロットらしいという感じがして、私は好きです。

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 ゲルインキは、パイロットが開発したバイオポリマーインキというもので、酵母のような微生物から作られる樹脂を使用しているそうですが、独特のやわらかさがあります。黒は細い線でもクッキリと鮮明で、赤は鮮やか。青は万年筆を思わせる読みやすく落ち着いた発色です。

 軸が短くて軽いので、特に私のようにキャップをつけずに描いていると、ペンの重さをほとんど感じずに、正確に狙ったところをペン先が指してくれるイメージ。意のままに精度の高い線が引けます。細かなイラストを描くアーティストにハイテックCユーザーが多いのも頷けます。

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 0.3mmや0.25mmなどは、超極細故に、ペン先が詰まったり潰れたりというトラブルもなくはありません。ここまで小さなボールとパイプになると、落下などの衝撃はもちろんですが、紙の凹凸や筆圧の影響を強く受けますし、紙の表面からけずりとられてしまう微細な繊維や塗工剤などがボールとパイプの間につまることもあり、最後まで使い切れずして書けなくなるということも起こる場合があります。美しい線で最後まで使うコツは、ガリガリと引っ掻くのではなく、力を抜いてなるべく優しくボールが紙の上を転がるのをイメージして書くこと。ボールが転がり、インキが滑らかに流れ出てくるのを感じられます。

【ネーミングの謎】

 ハイテックCで採用されている3点支持のパイプチップは、1980年発売の水性ボールペン「ハイテックポイント」で登場した技術で、この時既に極細水性ボールペンとして実用化されています。ここに、1993年に登場したゲルインキがあわさって誕生したのがハイテックCということですね。なので、ハイテックCのハイテックは、パイロットの中では、3点支持パイプチップの系譜であるということだとおもわれます。しかも、不思議なことに、ハイテックCと呼ばれるのは、0.3、0.4と、後に加わった0.25 の3種類で、0.5mmは、ハイテックCではなく、ただのハイテック。つまりこのCは、激細にしか採用されていないのです。激細を現すCの文字。一説にはウルトラCのCという話も聞きますが、さて、何を意味するのでしょうか。

 ともあれ、極細ボール径0.5mmの壁をぶち破って、0.3mmという激細時代を開いたハイテックCによって、その後の手帳用ボールペンの選択肢は大きく変わりました。欧米ではいまでもG2などが人気のようですが、漢字を使う上に、コンパクトな手帳に小さな文字を書くのが好きな日本人にとって、もはや激細ボールペンは不可欠な存在となりました。

 最近ではパイプチップとコーンチップの良いとこどりの新技術「シナジーチップ」などが登場してきていて、ゲル激細の世界はまだまだ進化していますが、今回改めてこの原稿の下書きやイラストをこのペンで書きながら、30年前の時点で既にここまで完成していたということにあらためて感銘を受けました。

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(文・イラスト 文具王 高畑正幸)




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今回登場した製品:
ゲルインキボールペン「ハイテックC」
製品の情報はこちら 〉〉〉ゲルインキボールペン「ハイテックC」
ゲルインキボールペン「ハイテックC025」
製品の情報はこちら 〉〉〉ゲルインキボールペン「ハイテックC 025」
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高畑 正幸 さん 文具王 / 文房具デザイナー・研究評論家

1974年香川県丸亀市生まれ。小学校の頃から文房具に興味を持ち、文房具についての同人誌を発行。テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」全国文房具通選手権にて3連続で優勝し「文具王」と呼ばれる。日本最大の文房具の情報サイト「文具のとびら」の編集長。文房具のデザイン、執筆・講演・各種メディアでの文房具解説のほか、トークイベントやYouTube等で文房具をさまざまな角度から深く解説する講義スタイルで人気。
文具王・高畑正幸公式HP「B-LABO」
文房具総合Webマガジン「文具のとびら」



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