まさにスーパーな、低価格油性ボールペンの傑作!「スーパーグリップ」(1994年発売)

2024/02/09

まさにスーパーな、低価格油性ボールペンの傑作!「スーパーグリップ」(1994年発売)

 文具王がPILOTの名品に迫るコーナー。第三回目は、「スーパーグリップ」についてお話しします。 スーパーグリップは、1994年発売の、油性ボールペンで、発売価格は100円。いわゆる事務用100円ボールペンです。キャップ式で、透明な細軸にラバーグリップと金属製の口金。構成要素は非常にシンプルでベーシックな事務用ボールペンです。

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 2017年に登場した後継商品「スーパーグリップG」に定番の座を譲って引退しましたが、間違いなく100円油性ボールペンの傑作であり、個人的には新作のGよりも気に入っていて、今でもリフィルを入れ替えて使い続けています。

   一言に良い筆記具と言っても、筆記具には様々な側面があり、それぞれの良さがあります。書いていて気持ちが良いペン、読みやすい字が書けるペン、思考が生まれやすいペン、疲れにくいペン、いろいろありますが、私にとってこのボールペンは、伝票や送り状などにしっかりと筆圧をかけて、必要な情報を間違いなく記録するためのペンという印象です。

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【握る力を推力に変換するグリップ】

 スーパーグリップ最大の魅力は、やはりそのグリップです。「スーパーグリップ」というネーミングについては、1969年発売の鉛筆型ボールペンが「スーパーボールペン」だったので、そのグリップつきバージョンという位置づけともとれますが、このグリップは、単にグリップが付いた、というだけにはとどまらない、まさにスーパーなグリップでした。それまでの鉛筆型事務用ボールペンよりひとまわり太めの軸についたコシのあるラバーグリップは、指が触れる 3面が平らになった、おにぎり型の断面形状。この面は先端方向に向かってゆるやかに前傾していますが、最前部で傾斜が逆転していて、指がそれ以上前に行かずに止まるようになっています。この形状とラバーの摩擦のおかげで、筆圧をかけても指が滑りにくく、面で指を受けるので、指が痛くなりにくい等のメリットがありました。特に複写伝票のような、筆圧を要する用紙への記入には有利で、指先の握る力が推力に変換されるような印象すらあります。

   もう少し形状を詳しく見ていきましょう。

   このグリップは、まっすぐな円筒を、ナイフでえぐりとったような形状で、前傾した面は、前に行くほど幅が広くなり、実質的な軸径は細くなっていきます。前端部分でこの傾斜が反転しています。

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 パイロットのボールペンでグリップといえば、ドクターグリップが有名ですが、じつはドクターグリップの方が3年先輩です。ドクターグリップは円筒形グリップですが、グリップ前端に向かって軸径が徐々に細くなったあと前端で少し太くなっていて、この形状は、アクロボールやSシリーズなど、多くのシリーズにも引き継がれています。スーパーグリップも基本的なラインは同じですから、ドクターグリップの形状を受け継いだと言えなくもないですが、面白いのは、スーパーグリップの場合は基準となる円筒の太さ自体は変化させずに、三面を削り込んでこのラインを表現していることです。これによって傾斜による滑り止め効果と同時に、指との接触面を広く取り、圧力を分散させることにも成功している点です。定価500円の高機能ボールペンとして登場したドクターグリップに対して、スーパーグリップは100円の普及型ですから、コスト面でも、デザイン面でも、足し算のドクターグリップに対し、引き算の美しさ感じます。

   ドクターグリップは、その開発経緯からして、長時間筆記によって体を壊す人が増えた当時に、人の体をいたわるために最適な太さや柔らかさを考えて作られた、快適性を追求したグリップ。長時間使っても疲れない、言うなれば、高級車シートのような乗り心地です。それと比べると、スーパーグリップはもっとスパルタンなイメージです。グイグイと筆圧をかけてしっかり書いても負けない、すこしハードなセッティングで、指先にしっかりしたホールド感のあるグリップ。筆圧に耐えながら自在に文字を刻む。操縦性を重視したスポーツカーのバケットシートのような、攻めのグリップです。

   操縦性という意味では、力の集中を可視化したようにまっすぐ先端に向かう円錐形の口金は、金属部品を使うことで、重心を少し前よりにし、これもまた、筆記性能に貢献しています。キャップ式ですから、ノック式の簡便さはありませんが、しっかりと替芯を締め付けて固定しているので、筆記時のブレや部品が動く無駄な音は一切なく、書くことに意識を集中できます。替芯は全長143.5mmと長く、尾栓の内側まで入り込んで固定されています。筆圧を真後ろで受ける安定感とともに、一般的なノック式ボールペンなどと比べるとインキ容量が多いのも特長の一つです。

   今回改めてボディのイラストを描きながら観察してはじめて気付いたのですが、グリップより後ろのボディは断面が四角です。グリップが三角なので、てっきり六角形だと思っていましたが、よく見ると、円筒の4面を削り落とした形なので、断面形状としてはかどまるの四角。使っている分には全く違和感がないのですが、ちょっと不思議な構成です。PILOTのロゴマーク部分はおそらく金型が部分的に交換できるようになっていて、ロゴマーク無しや特注パターンも製造可能のようです。100円ボールペンは、企業のノベルティなどにもよく利用されるため、印刷や刻印の自由度は重要です。そう考えると、軸が四角いのも、印刷可能な平面を広く取るための方策のように思えます。

   キャップは、クリップが4割近くはみ出していてかなり短い印象です。グリップにかぶせない形状になっていて、キャップの太さもグリップとほぼ同じ。キャップを閉じたときの形状がまっすぐで一体感があり、グリップの太さの割にスリムで、ペン立てやペンケースへの収まりが良いのがポイントです。ただし、キャップを尾栓側にはめたときの安定感が若干弱いので、キャップを紛失する人が多かったのは弱点ではあります。

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【低粘度油性ボールペンのさきがけ】

 スーパーグリップの書き心地の秘密はグリップや形状だけではありません。インクは当時としては先進的な試みで、発売当初のリリースには既に「新開発の低粘度油性インクを採用」「インクの粘度を1/3に低下させることに成功した」とあります。これは、アクロインキなど現在油性ボールペンの主流となっている低粘度油性インクに続く流れのさきがけであり、当時としてはとてもなめらかに書けるボールペンでした。グリップの持ちやすさや低重心とも相まって、当時としてはかなり扱い易いボールペンでした。

 この時点でこの滑らかさは、やはり素晴らしいのですが、それでも水性やゲルに比べると粘度の高い油性ボールペンとしての特性も感じられます。意識して筆圧を弱めて書くと、インキが紙の繊維の中までは入り込まず、表面のデコボコの凸部分だけに付くようなイメージで、悪く言えば若干不明瞭な、よく言えば風合いのある、鉛筆のような線になります。これは、事務用筆記具としては、望まれない性質なので、ゲルインキなどのクッキリハッキリした線に劣ると言えますが、逆に画材として見るならば、筆圧によって濃淡表現ができるので、油性ボールペンならではの優しい表現が可能です。私はこの、油性インキによる軟らかな表現がとても好きだったりもします。ということで、今回は、イラストも、スーパーグリップで描いてみました。

 そして、もう一つスーパーグリップの替芯の特徴で面白いのは、太さのラインアップです。標準的な細字の0.7mmと、極細芯0.5mmはもちろんですが、それ以外に中字1.0mm 、極太1.2mm、超極太1.6mm までが用意されています。事務用としてあらゆる用途に対応できる守備範囲の広さはありがたいところで、これは現在のスーパーグリップGにも引き継がれています。中でも1.6mmというのは、ボールペンの中では最も太いクラスにあたり、ペン先についた丸いボールが肉眼ではっきり見える大迫力です。宛名書きなど比較的大きな文字でも堂々と書け、書き心地も、0.5mmの紙に刻み込むような感じはなく、まるでクレヨンのようなヌルッと紙の上を滑る感覚は、一度体験するとちょっとやみつきになります。

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1.6mm(左)は、パイロットのボールペンで一番太い線幅。0.5mm(右)と比較すると一目瞭然。

 インキのカラーラインアップは、黒・赤・青の3色。ここは事務用油性ボールペンとしてベーシックなところです。

 外見も書き心地も、現在主流の製品とならべると、少し古く見えるかもしれませんが、こうして見ていくと、グリップだけでなく、口金、軸、キャップ、替芯、全てに対して、当時考えられる最高の技術と工夫が詰め込まれて、誰もが使える幅広いラインアップ。そしてこの価格の安さとバランスの良さ。道具として無駄のない精悍な印象は、今見ても充分カッコイイと思いますし、実際、私は今でも替芯を交換しつつ実用品として時々使うボールペンです。シンプルなキャップ式事務用油性ボールペンのある種の到達点で、傑作と言って間違いありません。

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「スーパーグリップ」と後継の「スーパーグリップG」

(文・イラスト 文具王 高畑正幸)



 


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今回登場した製品:
油性ボールペン「スーパーグリップ」※1994年発売 / 販売終了品
後継製品の情報はこちら 〉〉〉油性ボールペン「スーパーグリップG」
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高畑 正幸 さん 文具王 / 文房具デザイナー・研究評論家

1974年香川県丸亀市生まれ。小学校の頃から文房具に興味を持ち、文房具についての同人誌を発行。テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」全国文房具通選手権にて3連続で優勝し「文具王」と呼ばれる。日本最大の文房具の情報サイト「文具のとびら」の編集長。文房具のデザイン、執筆・講演・各種メディアでの文房具解説のほか、トークイベントやYouTube等で文房具をさまざまな角度から深く解説する講義スタイルで人気。
文具王・高畑正幸公式HP「B-LABO」
文房具総合Webマガジン「文具のとびら」



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