2025/01/24
元プロ野球選手 / 侍ジャパン前監督 栗山 英樹 さん「文字の力を信じるから、自分の思いを僕は書く」
元プロ野球選手 / 侍ジャパン前監督 栗山 英樹 さん インタビュー
日頃から自らの手でノートをつづり、大切なメッセージは手紙にしたためて伝えているという栗山英樹さん。デジタル時代にあっても「書く」習慣を続ける理由は、「そうすることでしか得られない体験や価値があるから」と語ります。そんな栗山さんに、「手書き」への思いを伺いました。
心動かす手書きへのこだわり
「文字は魂を残すもの」
― 栗山さんが手書きのコミュニケーションを大切に思うようになった原点にあるもの、きっかけは何ですか?
選手時代は、名前をサッと書いて背番号を添える、いわゆるプロ野球選手のサインを書いていたのですが、引退後にある方にきちんと毛筆で書いたサインをお渡ししたところ、思いがけず大変喜んでいただけたんです。丁寧に気持ちを込めて書いた文字には、人の心を動かす力があるんだと実感しました。「自分の手で書く」ことの大切さを意識するようになったのはそれからです。
いま僕は、「文字は魂を残すもの」だと考えています。「自分の生きた証し」と言い換えてもいいかもしれません。手で書いた文字には、その時々の心のありようが隠しようもなく映し出されます。嘘をつけないんです。
― 指導者という立場になってから、選手に何かを伝えたり相手の気持ちを動かしたりするときに、自分の手で書く行為はご自身にとってどういう意味を持つようになりましたか?
WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で侍ジャパンの監督を務めたとき、最終的な選手選考の結果は各球団を通じて選手たちに伝えられたのですが、できることなら僕は自分でそれを伝えたかった。そこで一人ひとりに宛てた手紙を書き、合宿初日に各自の部屋に置きました。そのことが優勝という結果につながったんだ、なんて言うつもりはありません。でも選手たちは、きっとそこから何かを感じとってくれたはずだと思っています。
人を動かすために大切なのは「物語」を伝えること。だから僕は、大事な言葉はやっぱり自分の手で書きたい。もちろん、書くときはとても緊張しますよ。でもそうすることでしか、言葉が人に影響を与えることはできないんじゃないかと思っています。
書くことで考える、ものにする
学びにとって必要なプロセス
― デジタル時代のなかでも手書きだけが持っている価値があるとすれば、どんなことだと思いますか?
人の手で書かれた文字って、話し言葉とはまた違う重みや深さがありますよね。文字で書くときには、同じ内容を伝えるにもどの漢字を使うか、仮名で書くのか、といった選択の幅がすごく広い。だから最適な選択のために悩んだり迷ったりする時間が生まれます。思いを言葉に置き換え、文字を選び、手を動かし、目で見て確認する。そうしたサイクルの繰り返しは、自分自身との対話でもあります。
野球に限ったことではありませんが、何かの分野で上達する人というのは、自分で考え、調べて、行動できる人です。そして「書く」という作業にも、そうしたプロセスが組み込まれている。考え、ときに立ち止まり、本当にこれでいいのだろうかと悩み、違うアプローチを試してみる。そこには学びの一番大切な要素が詰まっていると僕は思います。
― 自分の気持ちや考えを書いてみたり、誰かに伝えたりすることにどんな意義があるか、成長過程にある子どもたちに向けてメッセージをいただけますでしょうか。
僕は思考の整理と記憶のために今も自分の手でノートを書いていますが、それは手書きじゃないと何か大事な考えやアイデアを逃してしまう気がするからです。書くことで初めて、自分のなかに何かが「残っていく」感覚が強くあるんですよね。見聞や体験、そこから湧き上がった感情を、文字として記録することで「自分のものにしている」のかもしれません。
ただ、そうは言っても書くってめんどくさいですよね。時間はかかるし、字も思い出さなきゃいけないし。でも、大切なことって面倒なものなんです。苦しい、つらい、うまくいかないという経験は人が成長するための大きなチャンス。簡単にできることだけをやっていては、成長や進歩なんてあり得ません。子どもや若い人たちにも「書く」という経験を積ませることは、将来大きな差を生むと思います。
― 最後に、栗山さんがこれから形にしていきたい夢をお聞かせください。
「この先なにをするのか」はよく聞かれるんですが、ひとつ考えているのは、多くの人たちが野球やその他のスポーツに取り組める環境整備に協力していくこと。次世代の人たちが喜び、ときに苦しみながら学び、成長していける場を形にしたい。そのために自分は何ができるのか、書くことで自分と対話しながら、考え、行動しているところです。
※本インタビュー記事は、2024年10月1日付・朝日新聞朝刊広告特集を再編集したものです。
栗山 英樹 さん 元プロ野球選手 / 侍ジャパン前監督
1961年生まれ。東京都出身。東京学芸大学から1984年にドラフト外でプロ野球・ヤクルトスワローズに入団。89年に外野手としてゴールデングラブ賞を受賞。90年に引退後は野球解説者、スポーツジャーナリストに転身。2012年シーズンから監督として北海道日本ハムファイターズを率いる。就任1年目でパ・リーグ優勝を果たし、16年には2度目のリーグ制覇、日本一に輝いた。22年に野球の日本代表(侍ジャパン)監督に就任。23年に開催されたWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でチームを世界一に導いた。現在は北海道日本ハムファイターズのチーフ・ベースボール・オフィサーを務める。
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