スポーツジャーナリスト 増田 明美 さん「伝えたい。届けたい。その気持ちで筆を走らせます」

2024/11/08

スポーツジャーナリスト 増田 明美 さん「伝えたい。届けたい。その気持ちで筆を走らせます」

スポーツジャーナリスト 増田 明美 さん インタビュー

スポーツジャーナリストとして、マラソンや駅伝の解説や記事執筆に携わるほか、ナレーション、TV・ラジオ出演、講演など幅広い活動をされている増田明美さん。現役時代から練習日誌を人一倍つけるなど、「書くこと」と深く向き合ってきたそうです。メディアで見せる親しみやすいイメージそのままに、明るく軽快にお話ししてくださいました。

生き方と競技性の両面から
選手の魅力を届けたい

― 増田さんといえば、選手に対する温かな視点が印象的ですが、どのようにリサーチをされているのでしょうか?

レースの直前だけでなく、選手が練習する場から取材を始めることが多いですね。大会前は選手も試合に集中したいでしょうから、それ以前の合宿や練習後を狙って声をかけたり、間接的に監督にお話を聞かせていただいたりすることもあります。

2024年パリオリンピックの女子マラソンで、日本人最高順位である6位入賞を果たした鈴木優香さんには、ご実家のある秋田に伺い、親御さんにもお話を聞かせていただきました。小学校の頃に作文コンクールで入賞をされたことや、絵の才能もあり、今も趣味とされている彼女の多面性に感銘を受けました。



01_interview020_masuda_1a_6490_1280.jpg

― 選手にニックネームを付けて紹介されることもありますね。

解説の時間は限られているので、テレビ局から「選手を一言で表現してほしい」という要望をいただくことも多いんです。ですから、選手の練習風景や個性、出身地などをヒントにニックネームを考えます。

たとえば、マラソンの前田穂南さんは、ピンク色のチームユニフォームとスラリと伸びた長い脚からは想像もつかないほど泥臭い練習をこなすので「ど根性フラミンゴ」。16歳で800m日本チャンピオンとなったスーパー高校生の久保凛さんは、ホエールウォッチングの名所である和歌山県串本町出身。ダイナミックなのに頭が揺れない走り方が見事で、世界という大海原に乗り出してほしいという思いから「リニアモータークジラ」と名付けました。見ている人が選手に興味を持ち、応援したくなるような言葉を見つけるように心がけています。

海外選手に関しては直接の取材が難しいので、そこはマネージャーである夫の出番です。国際陸連のデータからスポーツアフリカといった海外の新聞やウェブサイトまで調べて翻訳してくれるので、その情報をさらに掘り下げます。飼っていたヤギを売って競技費用にあてていた選手や、難民として母国を離れ、看護師の勉強をしながら走り続ける選手など、驚くようなバックグラウンドを持った選手も多いです。

国内、海外選手問わず、生い立ちや環境、走ることにかける思い、ちょっとしたプライベートなども選手を構築する大切な要素であると私は考えます。選手であり、素敵な人間であることが見ている方に伝わったら嬉しいなといつも思っています。



01_interview020_masuda_1b_6496_1280.jpg

― 国内選手はもちろん海外選手にもきちんと「さん」づけでお呼びになっているところに選手へのリスペクトが込められていると感じます。

「さん」付けに関しては、以前に明石家さんまさんの番組に出たときも同じことを言って頂きました。さんまさんは、私がファツマ・ロバ選手(エチオピア)のことを「ロバさん」と呼ぶことをユニークだとおっしゃっていて。2024年パリオリンピックでは、金メダルを獲得されたシファン・ハッサン選手(オランダ)のお名前を「ハッサンさん」と呼んだときにも、視聴者の方から反響があったと聞きました(笑)。日本の選手を「さん」付けで呼ぶのに、海外の選手を呼び捨てにするのは失礼な気持ちになりますからね。

 
01_interview020_masuda_2a_6551_1280.jpg

『かく』ことが、私の“核”

― 取材ノートに選手の情報をまとめていらっしゃるそうですが、『書く』際のツールや譲れないものはございますか?

私は取材時もレコーダーなどは使わず、伺ったお話は全てノートに書き込みますから、スピードが命。もう何年もパイロットの「筆まかせ」を使っています。筆の走りが良いので、取材で使うのはもっぱらこればかり。本当に手放せません。解説をするとき、選手の情報は基本的に頭に入れていますが、取材ノートは必ず手元に置いています。



01_interview020_masuda_2b_6554_1080.jpg 01_interview020_masuda_2c_6552_1080.jpg

― NHK連続テレビ小説『ひよっこ』、テレビ東京『世界!ニッポン行きたい人応援団』など、ナレーションの仕事でもご活躍されています。台本を拝見させていただいたところ、直筆での書き込みがありますね。

ナレーションの仕事はまだまだ半人前で、今でも挑戦の気持ちで取り組んでいます。声の仕事のプロでいらっしゃる方々はみなさん腹式呼吸をされていますが、私はマラソンの影響かどうしても肺呼吸になってしまい、息が続かない時があります。だから台本に言葉の区切りやCM前など盛り上げるべき部分を印をつけてわかりやすくしています。

日頃から腹筋は欠かしませんし、ナレーションの仕事を頂いたら自宅でひたすら練習。大事な所は赤で書き込み、内容を把握することに加え、言葉に込められた意味を理解して、感情を表現して…。こうした方がいいかな?と思ったら記入して、本番前まで繰り返し練習を重ねます。



01_interview020_masuda_2d_6556_1280.jpg

― スポーツ選手には日記や記録をつける習慣を持つ方も多いと思いますが、増田さんはいかがでしたか。

高校で陸上部に入ってからは、毎日練習日誌をつけることが習慣でした。書く内容は、練習で走った距離、食事、体重、感想など。また、多くの選手は一言程度の感想を書くだけのことが多いのですが、私はノートの半分以上を感想や反省といった文章で埋めていました。部活ではライバルとの激しい競争があり、練習が終わっても下宿先が監督の自宅だったため、日々張り詰めた気持ちで過ごしていました。そのため、日誌に心の中の感情をたくさん書き込むことで、精神的なバランスを取っていたのだと思います。

最近のスポーツ選手は練習量の管理などにスマートフォンやスマートウォッチを上手に活用されていますが、それでも『書く』という行為は欠かせないものだと実感しています。目標や反省を文字にすることで、思いを深め、自分を見つめ直す機会を得られるからです。さらにそれが手書きである、ということも重要です。字には、その時の想いや意志が強く反映されますものね。

その道を極めた一流の選手たちは、必ず何かしらを書き記しています。スポーツ選手と書くことは本当に関係がありますね。



01_interview020_masuda_2e_6487_1280.jpg

私は選手時代、大きな挫折を経験し、引きこもってしまったことがありました。その時、優しい方々から手紙を頂きました。

「マラソンも長いけれど、人生はもっと長い」「明るさ求めて暗さ見ず」――その手書きの手紙を一つひとつ読んでいるうちに、落ち込んでいた気持ちが少しずつ前向きになり、立ち直ることができたのです。それ以来、私自身もお礼事や伝えたいことは必ず自筆で書くようにしています。やはり手書きの文字には特別な力があり、書いた人の気持ちが表れて相手に届くと思います。

もし、『書く』ことが生活の中に無ければ、私は心のバランスが崩れてしまうかもしれません。『書く』ことが自分の「核」となっているのでしょうね。

“01_interview020_masuda_3a_6540_1280.jpg"

「好き」「楽しい」の感情が原動力になるとき
最も自分らしくいられる

― 増田さんの精力的な活動における「クリエイティビティの源」をお聞かせください。

私は、人に会うことが一番の活力になるんです。取材をしている時間もそうですし、テレビやラジオで色々な方にお会いできることもそう。人や人の言葉にエネルギーをもらって、また次頑張ろう!と思います。

夫は「たまには旅行に行って南の島でヤシの木でも見てのんびりしたい」なんて言うんですけど、私には絶対無理ですね。常に動いていたいですし、人に会っていたい。呼吸をするように人と話して、ペンを持って書いて。それが私らしい生き方だと思っています。


― 今後、力を入れて取り組んでいきたい活動はありますか?

パラスポーツを盛り上げていくことです。2018年に日本パラ陸上競技連盟の会長に推薦され、その後に開催される東京パラリンピックで選手たちの応援団長になりたいと思って引き受けました。

パラスポーツの魅力は、障害を持つ選手たちが見せる驚異的なパフォーマンスだけでなく、そこに至るまでの道のりにもあると感じます。連盟を通して選手たちのサポートをしたり、イベントで一般の方々にパラスポーツを広めるほか、私自身時間の許す限り、自費で現地に応援にいきます。日本各地でパラスポーツ関連のイベントも開催していますから、みなさんもぜひ足を運んで頂けたら嬉しいです。



“01_interview020_masuda_3b_6463_1280.jpg"

私が大切にしている言葉に「知好楽(ちこうらく)」という論語があります。『之を知る者は、之を好む者に如かず、之を好む者は、之を楽しむ者に如かず』という孔子の教えで、物事に取り組むときに、知っていることは素晴らしいけれど、知っているよりも好きでやっている人が勝っている。好きな人も、楽しんでいる人にはかなわないーーということを表しています。

選手時代の私は、マラソンの練習やペース、コンディショニングといったことに対して「知」はできていたかもしれませんが、「好」「楽」までたどり着けなかったように思います。でも、今こうやって様々な挑戦をさせていただき、どんなことにも「好」「楽」の感情があることがとても嬉しい。だからこの言葉は、私の活動の根底となっています。



“01_interview020_masuda_3c_6573_1280.jpg" “01_interview020_masuda_3sign_6597_1280.jpg"

増田 明美 さん スポーツジャーナリスト
1964年千葉県生まれ。成田高在学中、長距離種目で次々に日本記録を樹立。1984年ロサンゼルス五輪に出場。1992年に引退するまで日本最高記録を12回、世界最高記録を2回更新。現在は日本パラ陸上競技連盟会長、全国高等学校体育連盟理事、大阪芸術大学教授ほか、スポーツジャーナリストとして執筆活動やマラソン中継の解説など、多方面で活躍中。

  • 1

  • 2

  • 3

この記事をシェアする

  
かく、がスキ 公式SNS
TOPページへ戻る
パイロット公式サイトへ