俳優 草笛 光子 さん「90歳、何をやるにも挑戦。抗うことなく受け入れていきたい」

2024/06/10

俳優 草笛 光子 さん「90歳、何をやるにも挑戦。抗うことなく受け入れていきたい」

俳優 草笛 光子 さん インタビュー

90歳を迎えられた現在も映画やドラマなどに出演し、第一線で活躍されている俳優の草笛光子さん。ご自身の年齢と同じ90歳の役を演じる映画『九十歳。何がめでたい』への主演を記念して、草笛さんの日々の生活の中の「かく」ことについて、そして俳優業への想いについてお話しを聞きました。

「本心から、"90歳、なにがめでたい!めでたくなんかない!"という気持ちです」

― 2024年6月には映画『九十歳。なにがめでたい』が公開されます。この作品は、100歳の今も精力的に執筆を続けている作家・佐藤愛子さんが90歳の実態を描いたエッセイを映画化したものです。まさにご自身と同じ年齢の役を演じるということで、どのようなお気持ちでしたか?

『九十歳。何がめでたい』のエッセイには共感することが多く、「草笛さんで映画にしたい」とお話をいただいた時には嬉しくもありましたし、あの佐藤愛子先生の絶妙なテンポを崩さずに映像化するのは大変だわ...と思いました。

私自身も90歳になり、みなさんから「90歳おめでとうございます」と言われます。その度に「私、90歳?」と周りに確認してしまうほど、なんだかあっという間に目の前に90と言う数字がやってきたように感じています。この映画も<草笛光子 生誕90年記念映画>と謳ってもらって有難いのですが、数字が目立ってなんだか恥ずかしいですね。

普段の生活では「90歳?何がめでたい?...めでたくなんてない!!」と思うことばかりです。あたりまえですが90歳を生きるのははじめてなので、90歳ってこんな感じか...とどこか冷めて見つめている自分もいます。まあ、抗うことなく受け入れて上手く付き合っていこうと思っています。


― 作家・佐藤愛子さんの役作りのために、工夫されたことはありますか?

本映画のお話をいただいてから2回ほど、佐藤愛子さんとお食事する機会がありました。数十年前に雑誌の対談でお会いして以来なのですが、そのときから私に対して、他の女優さんとは少し違っているという印象をお持ちだったそうで。何がどう違うのか詳しく伺いませんでしたが、お食事会の最後に「貴方が私を演じるのも悪くないわね」とおっしゃっていただき、身が引き締まりました。

佐藤さんは背筋がしゃんとして、辛口なことをピリリと嫌味なくおっしゃる方。私も思ったことは口に出してしまう性格で、佐藤愛子さんとウマが合うと勝手に思っていますから、そのままの自然体で特別な役作りはしませんでした。監督のこだわりで、眼鏡をかけたり髪を黒くしたり見た目を佐藤さんに近づけることをした程度でしょうか。

ただ、セリフもなく、机に向かって原稿を書くシーンで"作家でいること"には神経を使いました。その時に使う万年筆の筆圧も気になって、あまり硬い書き心地ではなく、スラスラと文字が書けるものを用意してもらいました。



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「文字をしたためることは、昔から大事にしています」

― 映画の中では万年筆を使われていらっしゃるということですが、普段はどのような筆記用具を使われているのでしょうか?

もっぱら筆ペンで書くことが多いです。仕事柄、サインを頼まれることも多いですが、サインも筆ペンを使用します。

筆圧が柔らかくて書き心地が良いペンが好きですね。気に入ったペンや素敵なデザインのペンがあれば、お世話になっている方にプレゼントとしてお配りすることもあります。お渡しした方から「これ、書きやすいですね」と言っていただくと、こちらもうれしくなりますね。


― どんな時に「書く」ことをされますか?

デジタルな世の中ですが、アナログの方が落ち着きます。お礼やお祝いを差し上げる時は、気に入ったカードや便せんにささっと一言、手書きの文字を添えることを昔から大事にしています。直筆は、やはり気持ちが伝わりますよね。

日常では、手の届くところにメモ帳とペンを置いてその都度メモしています。メモ魔なんです。思いついたことや、アイデアを忘れないようにという心がけですね。時々、メモがたくさんたまってしまい、何が何だか分からなくなるのですが(笑)、昼でも夜でも頭に浮かんだものは逃さないようにしたいという気持ちでいます。



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― 伝えること、表現することは、昔からお好きでしたか?

教育熱心な父にハッパをかけられ、神奈川県立横浜第一高等女学校(※現・神奈川県立横浜平沼高等学校)を受験しました。「第一高女」と呼ばれていたその女学校は、優秀な生徒が集まることで有名でした。正直、私はあまり勉強熱心ではありませんでしたし、自分には無理だろうと思っていたら、なんと合格してしまって。驚きましたね。

入学すると、1学年上には女優の岸恵子さん、4学年上には元日本放送協会の「美容体操」の専属講師としてご活躍された竹腰美代子さんがいらっしゃいました。当時からお二人は学校中の憧れの的でしたね。

学生生活で特に記憶に残っているのは、放課後に行われていた創作舞踊サークルです。先生が、「この花瓶の花を見て踊ってください」と言ってピアノを弾き、それに合わせて自分で創作してダンスをするのです。最初はぎこちなかった私も、慣れてくると自分が感じたことを体で表現することがだんだん面白くなっていきました。

その後、松竹歌劇団に入って、今に至るまでの俳優人生となったわけですが、女学校、そして創作舞踊サークルは、私の表現の土台を作ってくれた、忘れられない場所ですね。



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「母と誓った“きれいに生きましょうね”の言葉が支えです」

― ずっと第一線でご活躍されている草笛さんですが、今に至るまでターニングポイントとなったエピソードがあれば教えてください。

この方との出会いがなければ今の私はいなかっただろうな、と思う方は本当に多くいらっしゃいます。中でも先輩俳優である小林桂樹さんから言われた言葉は今でも忘れられません。

確か二人でCMの撮影をしていた時だったと思いますが、休憩中に「君はどうしてここまで女優をやって来られたと思う?」と言うのです。「え、桂ちゃん、どうして?」と聞き返す私に、「君はそんなにきれいでもないし、そんなに上手くもないし、あるのは人柄だけだ」とおっしゃいました。桂ちゃんは毒舌で有名でしたが、「君は厳しいことを言っても大丈夫だと思った」って。だから、その言葉に腹が立つどころか「本当にその通りだわ」と、すっと心に入ったのです。

逆にそこからは、ムキになる性格もあいまって「ああ、自分にあるのは人柄だけか。じゃ、これからは女優としての力をつけてやる」と腕を磨くことに必死になりました。これまでよりもさらにいろいろな舞台を見て、師匠と呼ばれる方々からお稽古をつけてもらって、少しでも芸事を身に着けようと懸命になりました。

こうして振り返ってみたら、必要なことを必要な時にはっきり言ってくださる方たちに恵まれていたんですね。


― お話を伺ってきて、さまざまな出来事に対し、抗うことなく受け入れてご自身の糧にされていらっしゃることが伝わってきます。芸能生活74年を迎えられましたが、「健康の秘訣」をお教えください。

舞台、撮影と現役で活躍し続けるために、パーソナルトレーナーをつけて週1回トレーニングをしてきました。ただ、このところ立て続けに撮影が入っていたので、思うようにトレーニングができていませんでした。

そんな時はステッパーを踏んだり、自宅の階段の昇り降りをしたり…。我が家は3階建てなので、嫌でも階段を使わないと生活ができません。ふぅふぅ言いながら階段を昇って降りて、途中で階段のヘリを使ってつま先立ちで上下します。お陰様で今でも身体が丈夫ですし、痛いところは一つもありませんよ。

健康というと、一つ思い出深いことがあって。長年私のマネージャーを務めていた母との間に「きれいに生きましょうね」という合言葉のようなものがありました。もともと我が家は芸能界とは無縁の家系でしたし、普通の主婦だった母が私のマネージャーになり、見たくないこともたくさん見て来たことでしょう。時には理不尽な思いもしました。そのたびに歯を食いしばって、「光子ちゃん、私たちは他の人を傷つけたり、蹴落としたりすることなく、きれいに生きましょうね」と心に誓うのです。

そうです。「きれい」とは見た目のことではなく、心の問題。身体だけではなく、心も健康でないと、気持ちがすさんでしましますから、今でもこの言葉を大切にしています。



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最近は、映画『九十歳。何がめでたい』の撮影を終えて一段落。

私の体調を気遣ってお休みを多くくださった撮影スケジュールだったとはいえ、身体は正直なもので、相当疲れがたまっていたようです。「老いとは億劫との戦い」とずいぶん前から言っていますが、最近もあれもしなきゃ、これもしなきゃと思うけれど「億劫との戦い」は億劫に軍配が上がることも多くなり、とほほ…という気持ちになることもあります。

そんな中でも、頭の中では、こんな役がやりたいな、あんな役もやりたいなと、たくさんのアイデアをめぐらせています。「これから挑戦したいことは?」なんて聞かれることもありますけど、この年になったら、何をやるにもすべてが挑戦ですから。そう思うと、どんなことでも面白がって生きていけますね。



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草笛 光子 さん 俳優
1933年10月22日生まれ、神奈川県出身。草琇舎所属。1950年に松竹歌劇団に入団。1953年映画『純潔革命』でスクリーンデビュー。その後、数多くの映画やドラマに出演。近年の主な出演作に、ドラマ『まだ結婚できない男』(19年)、映画『ある船頭の話』(19年)、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(22年)などがある。21年の映画『老後の資金がありません!』で第45回日本アカデミー賞助演女優賞と会長功労賞を受賞。99年に紫綬褒章、05年に旭日小綬章を受章。


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90歳を迎えての主演映画『九十歳。何がめでたい』
2024年6月21日(金)全国公開。
『九十歳。何がめでたい』公式サイト


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