2024/05/17
運動生理学者 谷本 道哉 さん「書くことや手指を使う動作は、脳を活性化させます」
運動生理学者 谷本 道哉 さん インタビュー
「筋肉体操」で知られる、順天堂大学教授の谷本道哉先生。専門である運動生理学、トレーニング科学の観点から見た「書く」ことのメリットや、「書く」勉強法、ご自身の研究活動の源についてお話を聞きました。
「あと5秒しかできません!」「やるか、すぐやるか!」
ポジティブな声がけと手軽にできる筋トレが人気沸騰
― NHK総合テレビ『みんなで筋肉体操』内のフレーズ「筋肉は裏切らない!」が、その年の流行語大賞の候補に挙がるなど大人気となりました。
ここ数年、「バズったね」「テレビで見たよ」などと言われる機会が増えました。
世間一般的にも筋トレへの関心が高まっている実感はありました。筋トレは、アスリートやムキムキになりたい男性だけのものではなく、女性のボディメイクや高齢者の筋力アップにも効果的です。年齢、性別問わずあらゆる人々に筋トレが必要だという認識が受け入れられるようになったことも大きいでしょう。
テレビでは、健康寿命を延ばすことを目的に、誰でも、自宅で、短時間で、効率良くできる筋トレを紹介するようにしています。
― そもそも、谷本先生が運動生理学への道に進んだきっかけをお聞かせください。
高校時代までは部活をしていて、競技力の向上のために筋トレをする日々を過ごしていました。筋肉に興味があったので、大学で研究をしたいと思ったのですが、当時は運動生理学をメインに学ぶことのできる学部はほとんどなかった。なので、仕方なくという感じで得意だった数学や物理を活かして工学部に進学しました。
ただ、忘れもしない、大学入学後のある日のこと。選考していた工学分野の書籍を購入しに大きな書店に行ったのですが、最初に手に取ったのは、やはり興味のあった筋肉やトレーニングに関する学術書籍。パラパラとめくったところあまりに面白いので、スポーツ医学、運動生理学、栄養学、トレーニングの指導書の4冊を購入し、そこで所持金が尽きたので結局、工学の本は買わないで帰ってきてしまったことがありました。
それらの本は、夢中になって線を引いたりメモを書き込んだりしながら何度も読み返し、真っ黒になったほどです。今でもその書籍の内容は明確に覚えています。工学部に入学しても、自分の興味は完全に運動や筋肉のことだったみたいですね。
大学を卒業してからは、設計コンサルタント会社で働きました。
入社して3年目頃でしょうか、雑誌で石井直方先生の記事を見つけたんです。石井先生は東京大学大学院の教員であると同時に、ボディービルの日本選手権でチャンピオンになったこともある方で、その経歴のすごさに加え、筋肉を生理学的な視点から詳しく解説されていて、実に興味深い内容でした。
「この先生のもとに行けば、筋肉のことを学べる!」そう思い、一念発起。仕事の傍ら、睡眠時間を削って受験勉強に励み、東大の大学院に合格、その後、恩師である石井先生のもとで学び、一緒に筋トレに関する共著の出版をしたり、やっと好きだったことに没頭できるようになりました。筋肉についてトコトン研究できる、天国のような場所でした。同時に、他の研究科の生理学系の授業を履修するなど、少しでも多く学び、筋肉について解明しようとしていました。
油性 ボールペンの芯を何本も使い切る勉強をした学生時代
ポイントは、書きながら考えて、意味から理解すること
― 学生時代に実践されていた、谷本流勉強法があれば教えていただけますか。
“油性ボールペンの芯使い切り学習法” を実行していました。
その名の通り、書きまくる勉強法で ボールペンの芯をどれだけ消費するかというものです。やみくもにたくさん書くだけでは苦痛ですし、身にならないので、“意味を考えながら、覚えながらたくさん書く!”その気になれば、1週間でインクがなくなる!もっと芯を使い切りたい!となって、どんどん書く速度や考えるスピードが上がっていくんです。ボールペンのインクがなくなることは、それだけたくさん書いて知識を血肉にした証。芯を新しいものに替えるときはちょっとした快感でした(笑)。それがモチベーションとなり、またノートに向かっていきました。
もともとは考えることこそが勉強だと思っていて、暗記はただの作業に過ぎない、勉強じゃない、と毛嫌いしていたんです。今、思えば難癖をつけて暗記の努力から逃げていただけなんですが…。でも、例えば化学なんかは、化学反応式をたくさん覚えた上でないと考える材料が不足して、十分に理解できないことも多い。覚えたら理解する幅が広がるのだから、考えるためにも覚えることは必要なんです。不十分な知識では誤った考えをしてしまう恐れもありますしね。
孔子の「思いて学ばざれば則ち殆し(すわなちあやうし)」という言葉にもっと早く気付くべきだった、というのは今でも悔やまれますね。(笑)。
― 覚えること、考えること、両方の面から学ぶことが大事なんですね。
そうですね。学生を見ているとその逆で、ただ暗記ばかりしているように見受けられることが多いです。覚えるだけじゃなく、“意味から考えて理解する”勉強をしようとアドバイスします。また、私自身が書いて書いて学んできたということもあり、学生にも「書いて覚えるように」「書いて考えるように」と伝えています。考えがまとまってから書く、ではなく、まず書いて、手を動かしながら、書きながら考えるのも大事かなと思います。
私は話している間にどんどん新しいアイデア思いつくので、それを書き留めると考えがまとまります。字体には表情があるので、デジタルデバイスに入力するよりも書く方が創造力が広がると思います。つい頭の中で考えるだけになりがちですが、どんどん話したり書いたりして行動に出した方がいいです。「考えるより動け、動くと考えられる!」です。
そんなこともあって、私はもうフリクション一択ですね。いつでも消すことができるフリクションは、考えてから書くのではなく、まずは書いちゃえ!書きながら考えよう!と思えるので、躊躇なく使うことができます。
今はこのターコイズのおしゃれな一本が気に入って使っています。
― 先生のご専門である運動生理学の観点から、「手で書く」という行為をどう分析されますか。
手指を使う動作は、脳全体を大きく刺激することがわかっています。脳の運動野という部分において、手先は脳領域が凄く大きく、それが心身の健康とも繋がって良い影響を与えると考えられています。
握力と認知症の関係には相関があって、握力が強い人ほど認知症の発症リスクが低いという研究もあります。
握力は簡単に測れる全身の体力の代表値として、健康との関連が多く調べられているのですが、どうも単なる体力の代表値ではないようなのです。
手を使うこと、その強さが直接脳機能に関係しているようです。
― 「書く」ことのメリットをたくさん挙げていただき、とても興味深く伺いました。先生はプライベートの時間でも「書く」ことはされていますか?
読書をするときもペンを持って、メモをしながら読むのが習慣です。紙の上でペンを動かすことで、頭も良く働いて、考えがまとまるように感じます。
私の父親は文学者で、一日中本を開いてペンを走らせている人でした。今、まさに自分も同じことをしていますね。
「スケジュール管理は手帳派!」という谷本先生。すぐに取り出しやすいよう薄手の手帳を携帯し、授業や実験計画のほか、TVの出演や新聞等の取材日程などを書き込む。
“考えてから動く”よりも、“動きながら考える”
― 学生指導、研究、メディア出演…と精力的にご活躍されている谷本先生ですが、活動の原動力となっている「クリエイティビティの源」を是非お聞かせください。
わりと行き当たりばったりで、ひらめきに頼って行動をするタイプなんです。長期的なビジョンよりも、目の前にあることに対して「面白そうだな」「やってみよう」の好奇心を優先します。
講演や取材などでも、準備はもちろんしますが、その場で思いついたことを話して、話しながらまたひらめいて、ということも多いです。
考えてから動く、ではなく、動きながら考える。それによってより多くのアイデアを出すことができ、そのアイデアをアップデートしていく機会をより多く持つことができます。
これは「書く」こととも似ているかもしれません。まず手を動かして「書く」ことでひらめく。行動にうつすことが大事かな。「やるか、すぐやるか」ですね!
そういえば、恩師の石川先生が私のことを「谷本くんはアイディアマンなんだよ」と自慢げに話されていた、と人づてに聞いたことがあります。これは嬉しかったですね。
― 今後、取り組んでみたいと思っている新しい活動はありますか?
筋トレが幅広い世代に広がって、健康な身体づくりの必要性が認知されていることをとても嬉しく思います。特に筋トレが必要なのは中高年の方です。人生100年時代といわれますが、しっかり筋力をつければ元気で健康に110年生きる、「人生110年時代」も夢ではありません。
工夫をすれば、時短で効率よく筋トレや運動はできて、無理なく続けられます。このことを提唱し続けていきたいですし、それが自分の使命だとも思っています。
私自身も、筋トレは1日10分~15分程度ですし、通勤時間を持久運動に充てていることもあり、すごく労力を割いているほどではないんですよ。
NHK「筋肉体操」は、現在は週1回の放送ですが、いつか毎日の帯番組になって、皆さんで楽しく110歳を目指したいですね。
谷本 道哉 さん 運動生理学者 / 順天堂大学大学院教授
1972年静岡県生まれ。大阪大学工学部船舶海洋工学科を卒業後、大手建設コンサルタント会社に就職。その後、東京大学大学院総合文化研究科の石井直方研究室で学び、修士と博士課程を修了。
近畿大学生物理工学部准教授を経て、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科教授(運動生理学・トレーニング科学)。著書に『スポーツ科学の教科書』、『使える筋肉使えない筋肉』、『筋トレまるわかり大辞典』、『みんなで筋肉体操語録』など。NHK『おはよう日本・おはSPO筋肉体操』などに出演している。
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