2021/08/25
童話作家 角野 栄子 さん 「文章は、体を使って全身で書くんです」
童話作家 角野 栄子 さん インタビュー
『魔女の宅急便』や『小さなおばけ』シリーズなど、250を超える作品で人々を魅了し続けている角野栄子さん。86歳の今も新たな物語を紡ぎ続けている童話作家です。そんな角野さんに、手で書くことの魅力、そして筆記具にまつわるご自身の想い出についてお話を伺いました。
「私にとって、文字と絵は同じようなもの。
主人公のいる世界を思いながら書いています」
― 作品を書くときは手書きをしているそうですが、いつもどんな風に書いていらっしゃるのでしょう?
昔からそうなんですけれども、原稿用紙のように罫線があるとそれがストレスになってダメね。マス目ひとつひとつに書き入れていると頭に浮かんだことが飛んでいってしまうの。頭と手のスピードが合わないとうまくいかないわね。
だから作品を書くときは、真っ白な紙に小さな文字でダダダダダと書いていくわけ。まだそれは原稿とはいえない、いたずら描きをするような軽い気持ちのもの。だから私の下書き原稿には、絵が入っていたり、ちょっとしたメモが入っていたりするの。
― なるほど。原稿用紙は使わないんですね。
昔、名前入りの原稿用紙をつくったんですけど、やっぱり白い紙に書くから、ほとんど使っていませんね。だから原稿用紙はたくさん余っています(笑)。
― いつもユニークなストーリー展開でワクワクするようなお話を紡いでいらっしゃる角野さんですが、物語のアイデアはどんな風に考えているのでしょう?
物語を書き始める前にいつもすることがあるんですよ。主人公の顔だとか洋服だとか、家や住んでいる町の様子を「いたずら描き」をするように白い紙に自由に描くこと。するとだんだん世界ができてきて、そうしてはじめて文字の下書きに入っていくわけ。私にとって文字と絵は同じようなものなのでしょうね。
こうしたいたずら描きはいつも手帳に描いています。40年ほど前にオリジナルの手帳を文庫サイズでつくってもらったんです。描き終えたものはもう30冊くらいになるかしら。思いついたらすぐ書けるようにいつも持ち歩いています。散歩のときはもちろん、枕元にも置いてあるんですよ。私の文章は「映像的だ」とおっしゃる方が多いのは、いつも風景を思い描きながら書いているからかもしれませんね。
― 子どもの頃から絵を描くのがお好きだったのでしょうか?
普通の子と変わらないんじゃないかしら。わら半紙にいたずら書きをしてみたり、クレヨンでぬり絵をしてみたり...。あと、外へ出て道に蝋石で絵を描いたりしていたわね。小さな町の地図を描いて、「踏切を渡ったら煙草屋さんがあって、ここにお金持ちの家があって、その向こうにはこんな人が住んでてね...」といった感じで物語を考えながら描いていましたね。
― 作品は最後まで手書きで仕上げるのでしょうか? パソコンを使うこともありますか?
下書き原稿を手で書き進めていくと、だんだん体の中に物語の世界が構築されてくるのね。すると登場人物たちが私の中で自然と動き始めるんです。そんな風にリズムがつかめてきたら、あとはパソコンで仕上げていきます。
― 仕上げるまでにはいくつものステップがあるのですね。
パソコンで原稿を書き上げたら、声に出して何回も読みます。読んでいるうちに私の体の中にある言葉のリズムにそぐわないものが出てくるんですね。そうすると気持ちよくなるまで直すわけ。どの言葉を強調したら読む人がすっと入っていけるか音読をしながら直します。体操と同じね。日頃から練習していないと書けないんです。それである程度書くとまた元に戻って書き直す感じでいったりきたりしながら、ちょっとずつゆっくり書き進めています。
散歩時にはいつでもアイデアを書き留められるようオリジナルの手帳を持参する。[ 写真提供:(有)角野栄子オフィス ]
「手で書くことは、一歩一歩私の速度で
歩くように書くということ」
― 普段手書きをすることが多いと思いますが、よく使うのはどんな筆記具ですか?
今はボールペンを使っていますが、昔はずっと万年筆を使っていました。カートリッジを入れてさらにつけペンをして、インキをタプタプにして書いていたんです。当時のボールペンはすごく力が必要で長く書くと疲れてしまうので、万年筆の方が楽だったのよね。いろいろな万年筆を使っていました。木製の軸のものやずっしりした黒い万年筆、パイロットさんの赤い万年筆もよく使っていたわね。私は赤が好きなの。
そうそう、賞の候補になったときに、海外製の万年筆をくださったことがありました。それが何本かあるのね。でも私の正直な感想を言わせていただくと、やっぱり海外の万年筆は横書きに向いているわね。
― なるほど、欧米の文字は横書きだと。
そうなの。私は原稿を縦書きするから国産の万年筆の方がしっくり合うみたい。
左:万年筆で書いていた時期によく使っていたというパイロット製の「インキ 証券用 30ml」と赤い万年筆「ヤングレックス(生産中止品)」。右:ご愛用中のボールペン「アクロボール Mシリーズ 0.7mm・細字」(左)と「G-knock 1.0mm・太字(生産中止品)」(右)。[ 写真提供:(有)角野栄子オフィス ]
― 今はボールペンをお使いとのことですが、どんな経緯があったのでしょう?
お土産でいただいたものを使ってみたり、いろいろなボールペンを試したんですよ。そのうちにおやっと思うほどスムーズに書けるボールペンに出会って、だんだん変わっていきました。インキを入れ替える作業もつけペンもしなくてすみますしね。すごくこだわりがあるわけではないんだけれど、今はこの赤いボディのボールペンがスームズで使い良くて使っています。偶然だけどこれはパイロットさんのボールペンだわ!
― ありがとうございます。何ミリをお使いなのですか?
0.7ミリのものを使っています。しっかり書けてよく見えるから太めのペンがちょうどいいの。いつも何本かストックしているんですよ。
文学館のキュレーターの方に聞いたのですけれど、万年筆のインキは時間が経つと退色してしまうけど、墨汁や鉛筆、ボールペンの筆跡は変わらないんですって。時代を経ても色褪せないのね。そう言われてみると、鎌倉時代の古文書だって墨の文字がくっきり残っていますでしょう? 紙も手すきで質が良かったのでしょうね。
― ここまでお話を伺って、手書きで作品を書くということは、角野さんにとってとても大事なことのように感じました。手書きの魅力を一言で表すならばどんな言葉でしょう?
私にとって手で書くことは、「歩くように書く」ということかしら。文章は頭で書くのでも手で書くのでもない。体を使って全身で書くんです。情景を思い浮かべながら手を動かす、私の体が動くようなテンポで書くということ。だから一歩一歩、人間の速度で、私の速度で書いています。
左:フランスの骨董品店で手に入れたというアンティークのインキ瓶。[ 写真提供:(有)角野栄子オフィス ]右:クリスタルのインキ瓶はペーパーウエイトがわりにもなって重宝したという。インキ色はブルーブラックをご愛用とのこと。
「子どもはいちばん正直な読者。
そんな読者を相手に書くのは、とても楽しい」
― 逆に、人からもらった手書きのもので、嬉しかったものや印象深かったことはありますか?
私は5歳の時に母を亡くしているんです。だから母が字を書いている記憶があまりなくて、唯一、母が誰かに宛てて書いたハガキが手元にあって、その一枚をずっと大事に持っていたんですよ。残念ながら失くしてしまったのだけれど、文字がとても上手だったという印象を覚えていますね。
あとは、大学時代の恩師からもらった手紙や、トーベ・ヤンソンさん(『ムーミン』の作者)やディック・ブルーナさん(ミッフィーの絵本『ちいさなうさこちゃん』の作者)からいただいたハガキは大切にとってあります。
― 文字離れや本離れが心配される世の中で、角野さんが作品づくりにおいて大切にされていることを教えてください。
私の作品の中でも『小さなおばけ』や『リンゴちゃん』といった幼年童話のシリーズがあるのですが、小さな子どもたちからものすごく人気があるんですよ。その年齢の子どもたちが読むものはとても大事だと思っています。
子どもはいちばん正直な読者です。楽しいものじゃないとすぐに読むのをやめてしまうけど、面白ければ何回でも夢中になって読むんですよ。小さな人は読むものによって、本が好きになるかどうかの分かれ道ですね。だから私も一生懸命、大切に書いています。そんな読者を相手に書くのは、とても楽しいものです。かわいらしいお手紙もたくさん届くんですよ。
― 今、書いていらっしゃるのはどんな作品ですか?
今は、長編をふたつ書いていて、2022年には出版されるでしょう。『ケケと半分魔女』(福音館書店)というお話と、『イコ トラベリング』(角川書店)というお話。『イコ トラベリング』は私の戦争体験を書き下ろした『トンネルの森 1945』の続編です。楽しみにしていてくださいね。
― 最後の質問です。今はパソコンやスマートフォンなどがすっかり浸透して、手で書く機会は昔と比べると減ってきていると思います。そんな時代を生きる読者の皆さんへ「手書きの魅力」について一言メッセージをお願いできますでしょうか。
今の若い人には、手で書くことの意味といってもなかなか実感してもらえないかもしれないわね。生まれた時からパソコンがあるわけでしょう。パソコンでないと文章が出てこない人もいるかもしれない。
だからこそ、絵でも何でも思い浮かんだことを一度手で書いてみるといいと思うんです。でもそれは人に見せちゃダメね。その方が自由に書けるんです。人の目や評価を意識すると、やっぱり自由じゃないわよね。決していいものはできない。
目が3つあるオバケがいたっていいし、花が歩いたっていいし、本が鳥になって飛んでいたっていいしね、何だっていいわけなんですよ。自由でなければ何事も始まらないと私は思っているの。
信ずるべきは自分です。自信過多はいけないけれど、自分の中からしか生まれてこないんだ、というところから始めないとね。
角野 栄子 さん 童話作家 / エッセイスト
1935年東京都生まれ。早稲田大学教育学部英語英文科卒業後、出版社勤務を経て24歳からブラジルに2年滞在。その体験をもとに描いた『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』で、1970年作家デビュー。代表作『魔女の宅急便』は舞台化、アニメーション・実写映画化された。産経児童出版文化賞、野間児童文芸賞、小学館文学賞等受賞多数。紫綬褒章、旭日小綬章を受章。その他の作品に、「アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけ」シリーズ、「リンゴちゃん」シリーズ、「ズボン船長さんの話」など多数。2018年に子どもの本のノーベル賞といわれる国際アンデルセン賞・作家賞を受賞。2023年には、江戸川区に「角野栄子児童文学館」(仮)が完成予定。
角野栄子さんの公式サイトはこちら 〉〉〉〉Kadono Eiko Office
『リンゴちゃんのいえで』(ポプラ社)
リンゴの顔をしたお人形、リンゴちゃんが主人公の幼年童話『リンゴちゃん』(2003年)『リンゴちゃんのおはな』(2004年)『リンゴちゃんとのろいさん』(2005年)は、世界でいちばんわがままな人形という設定と、気鋭のイラストレーター、長崎訓子さんが描く個性的なビジュアルが強いインパクトを与え、読者の子どもたちの熱い支持を集めました。角野栄子さんが「いちばんお気に入りのキャラクター」と語るリンゴちゃん、15年ぶりの待望の新作(2021年1月刊)では、リンゴちゃんが家出して、たくさんの出会いと発見を重ねます。
絵・長崎訓子 1,100円(税抜価格1,000円)
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