五線紙に手で書くことは、「自分を信じること」
[持麾 勉 さん / 作曲]
2023/11/30
やさしく弾けるピアノ曲をはじめ、合唱曲、室内楽や吹奏楽、管弦楽曲を作曲する持麾勉(もつざいつとむ)さんをご紹介します。
他者に演奏を委ねるタイプの作曲家で、手ごろな長さでかつ聴きごたえがあり、できるだけやさしく弾けるピアノ独奏作品を多く作曲しています。作曲のスケッチをするときは、以前はシャープペンシルを使っていましたが、一曲あたり何千にものぼる音符を強い筆圧で黒く塗りつぶす作業はとても重労働でした。今は、大好きなオレンジ色の万年筆「カスタムヘリテイジSE」に、「色彩雫」の夕焼け色のインクを入れて譜面を書いています。「譜面は黒鉛筆で書くもの」という常識にとらわれず、滑るように書ける万年筆ならと考えたとき、インクですら黒にこだわらなくていいと気づきました。譜面のスケッチはもともと誰かに見せるものでもないのに、なぜ好みよりも視認性を優先させなければならないのか? 試してみたら、玉っころ(=音符)を塗りつぶすのに力がいらない。いくらでもページをオレンジで埋め尽くせそうです。思い起こせば、モーツァルトだってインクで譜面を書いていたわけです。なぜ、現代で皆同じことをやってみようとしないのでしょう?
自然=人と認識することで、アイデアが生まれる瞬間があります。それは、ヒト、モノ、動物を問わず何らかの対象に成り代わってみた視点ともいえます。わたしは動物がとても好きで、ある個体をじっと観察しています。動物園は行くたびに発見がありますね。人も自然現象の一部ですから、自分という主体から離れて相手に成り代わった上で、自分がどう感じるか、何を始めようとするか、何を喜びとするか、そんなことをつらつらと思いめぐらせています。普段の自分の精神位置を保った上で、そこから心が動かされる状態を仔細に観察すること。それが自分を掘り下げていくきっかけとなります。
複数の美点を持ちあわせることです。たとえば、わたし自身を木にたとえるなら、木はおいしい実をつけようと努力しますが、おいしいかどうかは食べた人が決めますよね。作品も同じで、創作物の美点は受け手が決めるものです。美点というものは、誰かから見て一つだけでなく、複数の視点から見ていくつかあった方がいい。また、わたしの作品の特徴として「人なつっこさ」という言葉があげられます。たとえシリアスな作品であっても、常にどこかで人を信じている、そんな自らの態度が表れているように思います。これは、動物や自然が好きで、それらを観察することから得てきた知見です。
「かく」ことは、「自分を信じること」であり、作曲の本体です。それは、脳内にある作品を五線紙に書き下ろしていく作業そのもの。コピペせず、必要なものを必要なだけ手で書いていくことで、一つひとつの玉っころの向こうに、とりくむ奏者が見えてきます。
また、「かく」ことは、わたしの身体と書くためのマテリアル(筆記具やスケッチ帳)との接地点を探る作業でもあります。どこに力点があるのか、時間軸上で訪れる呼吸を身体が覚えている。作品を五線紙に書いていって、たまにスケッチ帳のページの端っこに曲がキリよく収まることがありますが、この瞬間、大きな喜びを感じます。音楽において、リミット(端っこ)があることは創作のクオリティにつながります。
一言で表現するなら、「何らかのキリをつけられるための、対外的・対内的(体内的)条件」です。対内的条件とは、頭の中にある音を書き下ろしていく上で、作品のテーマに対して、「キリをつけられた、落としどころがついたな」と感じた瞬間のこと。そして対外的な条件とは、時間的な期限や編成的な条件のことで、こうしたリミットがあること、キリがある、端っこがあることが創造力の源となります。また、美しいもの、コレやってみたいと思えるもの、そして色であれば、濃淡のついた暖色(秋の紅葉こそ理想そのもの!)。もしくは怒りさえも、わたしの創造力をかきたて、そして音楽へと翻訳がほどこされていきます。
photoトップメイン:万年筆カラーインク「色彩雫」で書いた楽譜。 photo 01:万年筆でスケッチを書くと、いくらでも玉っころを塗りつぶすことができる。 photo 02:動物や自然に成り代わることで作品のアイデアが生まれる。写真はパラグアイで撮影したバス移動中の風景。 photo 03:現在楽譜のスケッチに使っているインクの色「夕焼け」は、「オレンジ色になりたい」と思うほど好きな色。身の回りにこの色があるだけで幸せ。 photo 04:五線紙の一番端に終止線がピッタリ合うと喜びを感じる。シャープペンシルで書くときはパイロットの「VEGA」0.7ミリを長年使用。強い筆圧で音符を書き続ける苦行はこれなしでは乗り越えられなかったというほど大切な1本。 photo 05:譜面のスケッチは、ピアノ横のアイロン台の上にノートを置いて書く。
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