文具王 高畑 正幸 さん「文房具は歴史を知る鍵。歴史家として本物を残しながら、知を蓄積していきたい」

2022/08/25

文具王 高畑 正幸 さん「文房具は歴史を知る鍵。歴史家として本物を残しながら、知を蓄積していきたい」

文具王 高畑 正幸 さん インタビュー

YouTubeをはじめさまざまなメディアで、独自の切り口で文房具を深く掘り下げることで人気の、文具王・高畑正幸さん。ありとあらゆる文房具コレクションや資料の宝庫でもある高畑さんの仕事場におじゃまして、文房具の魅力、そしてその歴史と未来について存分に語っていただきました。

「世界史は苦手だったはずが...、
一転して、文房具を通して歴史を伝える歴史家に!」

― 年代物のコレクションなど、文房具好きにはたまらない貴重なものがいっぱいですね。

僕は文房具全般、何でも屋さん的に研究しているので、文房具のコレクションは小さなものから大きなものまで、ここに収まりきらないほどたくさんあるんですよ。100年以上前の古いものをはじめ、その時代時代で機能性に優れた新商品など、種類を問わずいろいろな文房具を集めて残しています。文房具はもちろん、昔の看板や箱といった関連アイテムもありますよ。こういう古い時代のものは、骨董市などで埋もれているものを発掘してきています。

ただ、僕は文房具のコレクターになるつもりはなくて、文房具にまつわる技術やその歴史が好きで、特に、機能が違うものは揃えておきたくてコレクションする傾向があります。それこそ万年筆「キャップレス」も大好きで、初期の回転式以外はだいたい全部持っているんですよ。ノック式だけじゃなくて自重スライド式というのもあって、昔の万年筆は仕掛けが工夫されていて本当に面白いですよね。



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左:仕事部屋の壁はさまざまな文房具コレクションの整理棚でぎっしり。右:高畑さんが普段から愛用しているという万年筆「キャップレス」のコレクション。



― 子どもの頃から文房具が大好きだったそうですが、どんな少年時代を過ごされたのでしょう?

小学生の頃は理科と図画工作が得意な子どもでした。小学生ってみんな文房具は好きでしょう? 勉強は嫌いでも文房具好きの子はいっぱいいる。学校に持って行ける玩具みたいなものですよね。僕の場合は、磁石や割りピン、プラ板などいろいろな道具が入っている箱を学校に持って行って、カッターマットを机に広げて、授業に耳を傾けながら、どうやったら分かりやすくて面白いかを考えてノートをつくっていました。



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左:高畑さんが小学校の授業中につくっていたという理科のノート。「しかけ絵本」のような造りで工夫してつくられている。右:中学時代に生徒会の会報誌に連載していた文房具エッセイ「すばらしき道具たち」。



― 少年時代の資料も大事に保存されているのですね。本棚には、歴史にまつわる書籍も多いようですが...。

古い資料も好きで、集めては読み込んでいます。もちろん文房具そのものも好きですが、その背景にある歴史や文化もとても興味深い。例えばある文房具について話すとき、その技術がどんなにすごいのかを伝えるには、どうしても商品の背景や過去の経緯といった歴史の話が必要になるんですよ。最近では、歴史家としての意識も強くなってきました。


― 歴史家という意識を持つようになったのは、いつ頃からですか?

ここ10年くらいでしょうか。『文房具語辞典』※1などの原稿を書くときは、史実を調べざるを得ないわけです。自分なりに地図や年表をつくって整理していくと、自然と歴史に興味がわいてきて...。でも実は大学に入るまで、世界史や日本史って全く興味がなくて、大の苦手だったんですよ。それが嫌いだったはずの歴史が、今では逆に面白くなってきました。というのも、例えば算盤や計算機について語ろうとすると、基礎知識としての数学や数学の歴史、それを発展させる会計や天文学、そして実現するための機械工学、記録と計算のための紙、はたまたお金と宗教と政治や戦争などさまざまな時代背景について知らざるを得なくなってきて、気がつけばいろんな歴史書を読むことになってしまって...。こうして蓄積された知識が徐々に体系化されてきて、歴史の深みにどっぷりハマっています(笑)。
※1:高畑正幸 著『文房具語辞典』(誠文堂新光社)

 
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「文房具はアナログからデジタルへ…。
でも、アナログにしかない大切な要素がきっとある」

― 最近の文房具事情について、歴史家の観点からお考えをお聞かせいただけますか?

僕らが今、文房具と言われて思い浮かべるような文房具の歴史は、日本では明治頃に始まり、大正、昭和を経て、平成を迎えるまでが、文房具がその本来の役割で力を発揮していた時代だったと言えると思います。その後、平成の30年間で文房具を取り巻く状況は一変してしまいました。

平成という時代は、インターネットや携帯電話が登場し、やがてパソコンを外へ持ち出せるようになった。そしてスマートフォンが登場して、SNSが発達…、とITツールが一挙に進化した時代でした。

平成以前は、情報を持ち歩くには手帳に書かなければならなかった。情報をすべて文房具が握っていた時代だったんです。平成の30年でその役割をデジタルツールに奪われて、メディアは紙からデジタルへ移行してしまいました。「効率化」という観点では、アナログな文房具に勝ち目はないですよね。かつてパピルスから羊皮紙へ、そして紙へと記録メディアが移行していったときにも大きな変化はありましたが、デジタルへの移行はもっと本質的でもっと大きな変化が極端に短い期間で起こっています。


― なるほど。確かに平成は文房具にとって激動の時代だったのですね。

歴史的にはすごく興味深い時代に立ち会っているんですよね。約5500年前にメソポタミアで粘土板に文字を刻み始めて文明が生まれて、そして中国で紙が発明されたのが2200年ほど前。それに対してデジタルが発展してきた歴史はわずかここ50年です。5500年に対する50年って1%に満たないでしょう?

いくら抗ったところでデジタル化の波は当然止められないんだけど、一方で「デジタル、本当に大丈夫なのか?」という危機感は常にある。デジタルにはとても危うい側面があると僕は思います。



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仕事のメモや文房具の歴史をまとめてきた手書きのノートは、棚に収まりきらないほどのボリュームに。


― デジタルの危うさってどんなところにあるのでしょう?

アナログとデジタルの断層はとても大きくて、デジタルは専用の機器がないと情報を直に読めないですよね。例えば将来、フロッピーディスクが発見されたとしても、磁気データは人間の目には見えませんから機械なしで読むことはできません。一方で、紙に書かれた文字は保存状態が良ければ、1000年後だって見ることができる。

デジタル化の問題はもうひとつあります。すべてを数値に置き換えるというのがデジタルの考え方ですが、デジタル化するというのは、無限の現実世界から必要な情報だけをデータ化し、不要と判断された情報を切り捨てるということです。例えば、CDが開発されたときに人間の可聴領域以外の音を排除してしまったように。デジタル化したからといってアナログ、つまり現物を捨ててしまったら、切り捨てられた部分は永遠に失われます。

例えば「博物館にある恐竜の骨をデジタル化したので現物は捨てておきました」ってなっちゃうと困る。確かにデジタル化することで、恐竜の骨が占めていた大空間は、劇的にコンパクトになりますよ。情報は世界中で共有できるし、デジタルの利便性はもちろん大きい。でもオリジナルの情報をいくらデジタルに置き換えたとしても、全てを網羅しつくせるわけではない。未来に発明されるであろう最先端の技術や理論によって、現物の骨からでなければ取り出せない重要な情報が必ず出てくるはずです。

だから、「デジタルが進化したからもう現物は要りません、というのは、ちょっと待って!」というのが僕の見解です。この50年で「人類は全てを理解して、デジタル化への移行は完了した」と言い切れるならそれでもいいですよ。でも実際には、今僕らが歴史を学ぶことができるのは、数千年前の粘土板が残っているからです。アリストテレスの手稿から、イタリア商人の帳簿、平安時代の女流作家の文章の現物が残っていて、当時の紙やインキからその時代の社会状況まで判明したりする。

僕は道具にまつわる歴史家なので、現物を残していくしかないと考えています。文房具の実物を集めて、できる限り動かせるように、書けるようにしています。どんなに精密な3Dデータを見ても、手に持った重さや感触、書いたときのなめらかさなんて、現物以外では分からないですもんね。



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「効率的な道具としての役目から解放されて
これからの文房具は、新たな価値を創造する力になる」

― デジタルの危うさというのは、まだまだアナログ情報には、解明できていない領域が残されているということですね。

そう考えると手書き文化にも同じことが言えます。「もう手書きをやめて、タブレットでいいよ」と子どもたちに教え始めたら、答えが分かっている問題を効率よく理解して成績を上げることはできるでしょうし、確かにそれも大事でしょう。

でもね、5500年も昔から現代までずっと手で文字や絵を書き続けてきた結果が今の文明や文化です。「手書き」という行為が人類の創造性や発想にどう影響しているのか、人類にとってどれだけ意義深い行為なのか、現時点ではまだ明らかになっていません。

デジタルツールには、これまでの文具にはない新しい創造の可能性があると思いますので、それはそれで素晴らしいことです。ですが、僕自身は手書きの方が圧倒的にラクです。人類が何かを考えたりひらめいたりする創造性にとって、手書きという行為は、本質的に今のデジタルツールにはまだ無い大切な要素を含んでいる可能性があります。



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― 最後に、高畑さんが考える「文房具の未来」について現在のお考えをお聞かせください。

文房具は今、新たな価値を模索しなくてはならない時代に入ったと言えます。効率化を担うという役割から解放されて、これからは新しいものを創造したり、誰かに気持ちを伝えたり、人生を豊かにするための相棒になってくれるんじゃないでしょうか。デジタルとはまた違う力を発揮できる道具だと思いますね。だから僕は「手書き」にまつわることをずっとやっているわけです。

紙に手書きするというのはとても贅沢な行為なんですよね。デジタルの世界ではひとつのモニターに何百枚も紙を表示できるけど、手書きの世界では紙に書かれた文字がその紙面を占有することになる。

実は、手書きはすごくリッチな行為なんです。これから先の文房具は、書く、考える、誰かに伝える道具として、ゆとりのある人々の贅沢な嗜みになっていくに違いないですね。



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高畑 正幸 さん 文具王 / 文房具デザイナー・研究評論家
1974年香川県丸亀市生まれ。千葉大学工学部機械工学科卒業、同自然科学研究科(デザイン心理学研究室)博士課程前期修了。小学校の頃から文房具に興味を持ち、文房具についての同人誌を発行。テレビ東京の人気番組「TVチャンピオン」全国文房具通選手権に出場。1999年、2001年、2005年に行われた文房具通選手権に3連続で優勝し「文具王」と呼ばれる。文具メーカーサンスター文具にて13年の商品企画・マーケターを経て独立。日本最大の文房具の情報サイト「文具のとびら」の編集長。文房具のデザイン、執筆・講演・各種メディアでの文房具解説のほか、トークイベントやYouTube等で文房具をさまざまな角度から深く解説する講義スタイルで人気。2007年より、文房具のトークユニット「ブング・ジャム」を結成。著書に『究極の文房具カタログ』(河出書房新社)、『一度は訪れたい文具店&イチ押し文具』(玄光社)などがある。文具王・高畑正幸公式HP「B-LABO」 https://bungu-o.com

文房具総合Webマガジン「文具のとびら」はこちら 〉〉〉文具のとびら

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『文房具語辞典』(誠文堂新光社)

文房具のすべてがここにある! 究極の文房具用語辞典。定番文房具から人気商品、国内外のメーカー・ブランド、重要人物、歴史、など文房具にまつわる情報をイラストたっぷりの辞典形式で紹介。巻頭では誰もが知っておきたい「文房具の基礎知識」を掲載。国内外のメーカーマップや万年筆の仕組み、ボールペンのインクの種類や原理などを解説しています。さらに、古代から現在に至るまでの文房具の歴史が一望できる「文具年表」も、綴じ込み付録として収録しています。




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